Valentine sketch

Take.3


 バレンタインデー。花の性格を考えればもらえることを期待……と言うと語弊があるが、なんとなくもらえるだろうと想像していなかったといえば嘘になるだろう。
 もっとも、本気で欲しいと思ったわけでもなかったし、花のことだ。誰かに渡すにしろイベント特有のそういう深い意味を込めてではなく、お世話になった人にだとかそういう意味合いのいわゆる『義理チョコ』だというのもわかっていた。
 そう、だからもらえない事は想定していたし、もらってもあくまでも義理というのはわかっていたが――
「コレありがとなー江ノ本。じゃーなッ!」
「うん。バイバーイ」
 ……だが、他の人間がもらっていて、自分がもらっていないというのは、正直考えていなかったというのは、はたして自分の認識の甘さや自惚れといえるのだろうか。というより、『婚約者(一応)』が横にいるという事実を忘れていないか。
 手を振る婚約者(一応)と、明らかにバレンタインのプレゼントと分かるものを片手にしたその友人の常ならばなんてことのない挨拶を見ながら、瑞貴はぴきりと血管が浮き上がるのを感じていた。まだ校内でもあるし、意地でも表情は変えないようにしていたが。
 生徒会の権限で不要物という名目で取り締まってやろうかと半ば真剣に算段しそうになったが、アホらしいと瑞貴は首を振る。何をムキになっているのか、自分は。
 そんな内心の葛藤など微塵も察知してない様子で、「あれ? そういえばあんたは今年は少ないの?」と首をかしげた花に、瑞貴は眉間にしわを寄せて「なにがだ」と言い返した。わざと嫌味でも言いたいのかコイツは。
 明らかに不機嫌な表情で言われたそれに、ワケがわからないように花は目を瞬く。
「え? だからチョコだって。バレンタインだよ? 七瀬さんから毎年たくさんもらって大変って聞いてたのに」
 今年は無いなんてことはないよね? と心底不思議そうに首を傾げる花に、瑞貴は面倒そうに答える。
「全部クラスのヤツらに回した」
「はい?!」
 そこまで驚く事だろうか。目をむいて叫んだ花に、瑞貴は溜め息をついた。
「何のために今日お前にクラスに来いって言ったと思ってんだ」
 花を教室の前で待たせといて僅かに困ったような顔をすれば、親切な引き取り手はいくらでもいた。鼻で笑うように言った瑞貴に、大体どんな事があったのか察したのだろう。花は思わずきっと睨みつける。
「あたしダシにして人に押し付けたんかい!」
「こっちだって欲しくもないものをゴミ箱代わりみたいにぽいぽい入れられたって困るんだよ。婚約者がいるって知ってるくせに勝手に入れてくるほうが悪い」
 容赦のない言葉に花は一瞬何かを言いたそうにしたものの、分からないでもなかったのだろう。それについては何も言わず、別のことを口にした。
「……直接手渡されたのまで人に回してないでしょーね」
 何で睨まれなきゃならないんだと思いつつ、瑞貴は淡々と返す。
「全部断ったに決まってんだろ。めんどくさい」
「……は?」
 おい、何でそこで驚く。
 ぽかんとする花に流石にむっとして、瑞貴ははっと息を吐く。
「きっちり断る理由もあるのにいちいち受け取るかよ」
 実際がどうであれ、自分たちがはたから見れば『婚約者』である事は事実だ。幸か不幸か花が何かと派手に騒動を引き起こしていたおかげで、『天原瑞貴の婚約者』の存在は知れ渡っている。今までは無下に断るだけの理由もなく、『せめて受け取って欲しい』といわれればそこまで拒絶できるほどの理由もなく受け取ってはいたが、今は真っ当な理由がある。それを利用しないでどうするといわんばかりの瑞貴に、拍子抜けしたというか、混乱するようにおろおろとする花に、まさか大量に持って帰ってありつけるの期待してたんじゃないだろうなと瑞貴は疑りたくなる。
「えーとじゃ……もしかして今年一個ももらってないとか……」
「とりあえず手元には無いな」
「マジですか……」
や、それならそれで別にいいんだけど……と言いつつ、非常に微妙な表情をしている。「いったい何なんだ」と思いつつも、とりあえず黙って歩く。
 一応まだ学園の敷地内だ。ちらちらとこちらを窺う視線を感じないでもないが、とりあえず、こうして花と一緒に歩いていれば、不必要に付きまとわれる心配も無いだろう。今年は面倒がなくてよかったと内心ほっと息をつく。
 まぁ残る問題があるとすれば――
 ちらりと隣で何か悩むように「うーん」と呟く花を見下ろす。
 ……肝心の『婚約者』からは義理でも何でももらっていないことくらいか。
 少なくとも、花の友人だと言う各務というヤツがもらっていることから、当日まで忘れていたと言うことは無いだろう。そして花の性格から言って、身近で親しい人間に渡しているといったところか。今朝灰人に渡すところは見ていないが、自分が起きる前に渡したことは十分考えられる。
 だが朝から十分一緒にいたはずで、渡すタイミングなどいくらでもあったはずの自分はもらっていない。
 別にチョコレートそのものが欲しいわけでもなし、いるのかと聞かれても困るが、他の人間がもらっていて自分に無いなどという事実はあまり考えたくない。好かれてる自信があるかといわれると多少は迷うが、少なくとももらえないほど嫌われてはいない……はずだ。
 まあ、わざわざ学校で渡す必要も、寝起きの悪い自覚のある朝渡す必要もないのだから、帰ってから渡されても不思議ではないかとは思うものの、後回しにされたと思うと、なんとなく気に入らない。
 まあいずれにせよ……本当に婚約者というわけでもなし、相当理不尽な感情である自覚はあるが。一人馬鹿馬鹿しい煩悶をしてる気になって、瑞貴は浅く息を吐いた。
「……で? さっきから一人でなに唸ってんだ?」
 明らかに不機嫌に聞こえるだろう声音と自覚しつつ、唸り続ける花に声をかける。困ったように眉を八の字に寄せて、花は瑞貴を見上げた。
「あー……と。実はさ――」


  *  *  *


「で、瑞貴くんがもらったのは『コレ』?」
 どうやら毎年のことらしく、今年も処理に困るチョコを引き取りに来たらしい七瀬は、瑞貴が珍しく手ぶらで帰ったと聞き目を丸くしていたが。花が瑞貴に用意していたものを聞いて、くすくすと笑いながら七瀬は小房に切られたフルーツをフォークで刺した。
「えーと、まぁ……」
 声をかけられた花はあははと顔を引きつらせつつ言葉を濁した。一応七瀬にも婚約者という事で通っていると認識している花は、積極的に肯定するのもどうだろうかとためらいつつ答える。
「本当はチョコフォンデュになる予定だったんですけど……」
 ――結局、瑞貴がたくさんあるチョコを一番均等に効率よく食べる可能性があるだろうチョコフォンデュをしようと、花が前もって準備していたのだが。当日ふたを開けてみれば結果は0ということで、事前に用意していた果物だけになったというわけだ。まあ、元となるチョコがなければ仕方がない。
「タイミングが悪かったな」
 ぼそりと呟くように突っ込んだ灰人に、不機嫌を隠そうともせず瑞貴が吐き捨てる。
「知るか! なんで俺がチョコを持ち帰ること前提なんだ」
「だって毎年本当にいっぱいもらってきてたじゃなーい」
 語尾にハートマークをつけるようにニコニコと笑う七瀬に、『余計な事を言ったのはテメーか』と言わずもがなのことを青筋を立てて瑞貴は胸中で呟く。だが、それ以上に――
「しかも、それ食わせるために考えたってなんだ?」
「だ、だって瑞貴そうでもしなきゃ食べそうにないじゃん」
 カステラの時だって食べなかったし、とぼそりと呟いた花に「あのな」と瑞貴は顔をしかめる。
「なんでそこまでして食えってんだ」
「受け取るんだったら一口ぐらい食べるのが礼儀ってもんでしょ!?」
 ぽいぽい勝手にいっつももらうだけもらっといて放り投げて罰当たりも程があるわッ! その時のことを思い出して思いっきり肩を怒らせて叫ぶ花と対照的に、瑞貴はしらっと応える。
「だから今年は大儀名分あるから全部断ったんだろーが」
 文句あるか。と言われてぐっと花は言葉を呑む。……そうなのだ。今回に限ってあの手この手で遠慮会釈なく片っ端からチョコを瑞貴は断っていたのだ。まさかそんなパターンは考えていなかったから花は心底困って今に至る。
(そりゃ理由があればいくらでも断れるって……そうかもしれないけどさぁ)
 なんか釈然としないというか、自分の準備が無駄になったのが複雑というか。ぷくりと頬を膨らませる花の心境をはかって、瑞貴は面白くないと感じて吐息する。
 要は自分のためにというよりも、チョコを渡してくるはた迷惑な人間や周りの人間のために用意されたものじゃないかと。別に何か期待してたわけでもなんでもないが、(花にそのつもりはないだろうが)ここまでこっちを蔑ろにされると、少しその位思いやりをこっちにも分けてくれといいたくなる。……口に出す気はないが。
 なんとなく互いにそっぽを向いて。花は「あ」と気持ちを切り替えるように、手にしていた袋の中から中身を取り出すと、それを七瀬に差し出した。
「七瀬さん、今年瑞貴からの分はない代わりって言うのもなんですけど、あたしからのでチョコよろしかったらどうぞですー」
「ありがとー♪ 花ちゃんからもらえた方が嬉しーよ」
「いえいえー、お世話になってますし」
心底嬉しそうに七瀬は笑って、いつものようにぎゅーと抱え込むようにしかけて。ふと花が手にしている袋を除きこんで首を傾げた。
「あれ? 花ちゃんまだあげてない人がいるの?」
「あ、ハイ。パパのとあとは……」
 あ。とあからさまにしまったという表情をして、花は言葉を詰まらせた。それを不審に思った瑞貴が取り上げる。
「あーーー!」
 慌てて手を伸ばして取り返そうとした花の手をひょいひょいとかわしながら、瑞貴は残っていた中身の一つを見て目を見張った。
「……コレ、俺のか?」
 これ、と瑞貴はココア色のクッキーが入っている袋を持ち上げる。貼られた可愛らしいカードにはしっかりと名が書かれている。
「えーと……そのような、そーでないよーな……」
「名前が書いてあるのにか?」
 しどもどろで慌てる花に、追い討ちをかけるように瑞貴が言う。それに迷うように「え、や、だって……」と花は続けかけて……
「よかったねー、瑞貴くんの分もちゃんとあって」
ニコニコと言われた七瀬の言葉に、花は何かに気づいたようにはっとして。ぎくりと顔を強張らせそれ以上言えなくなった。ぼそぼそと言いかけた言葉は、七瀬の言葉で掻き消えてしまう。
 口を閉ざした花に、瑞貴は自分の名前の書かれた分を手に残したまま、大袋の方をほらよと返した。そのまま持って自室に行こうとする瑞貴に花は慌てて声をかける。
「え、なんでそれ」
「俺のなんだろ?」
 当然のように言われた言葉に花は目を瞬いて眉を寄せる。
「……甘いもの嫌いじゃなかったの?」
 自分からあげるといったわけでもないし。食べずに捨てられるくらいなら無理に引き取らせたいとも思わないけど。どこか疑わしそうにそう目で訴える花に、瑞貴は肩をすくめる。
「別に。これくらいなら疲れたときたまには食べる」
 そう言ってそれまでよりはいくらか機嫌よさそうにしているように見える瑞貴に、花はきょとんと目を瞬いた。横で七瀬が楽しそうに笑っているのには気づいていなかったが。うーん、と花は首を傾げる。
 正直なところ瑞貴がチョコより(甘さが)マシにしろクッキーを食べるかなんて半信半疑だったし、実のところほぼ自分用のつもりで買っていたものだったのだ。
 ……でも、『瑞貴クンの分』という七瀬さんの言葉に気づいた。いくら好きじゃないものと言っても、人がもらっているのに自分だけもらわないというのはあまり気分はよくないかもしれないと、花は少しだけ反省する。確かに、自分が用意していたのは瑞貴にあげようとした人達や自分のためだけだったから。
(……来年はもうちょっと考えよ)
 そう、来年もきっと一緒にいるだろうから。そんなことを思いながら、花は「じゃ、どーぞ」と笑った。


-End-

comment

*終わってみたらちっとも掌編でもなくなっていたという、自分が一番吃驚オチ。
当日になるまで本気で続き考えてませんでした(マジ)
ひとえに反応くださったり、楽しみにしてくださった方のおかげです。ありがとうございましたー!
あと、花の微妙な反応の理由は番外編でどぞ(笑)

もしよければぽちっと励ましいただけるとよろこびますv≫別名:更新脅迫観念促進ボタン(笑)

2008/02/14-15 初出 [ 出雲奏司 ]

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