Valentine sketch

Take1.5

「相良さんはバレンタインどうするー?」
 昼休み、いつものメンバーで昼食をとりながら、ふと思いついて花はそう話題をふった。
「ああ、そんなのもあったわね」
「バレンタイン? 食い物なら年中無休で歓迎だぞー」
 各務はともかく、相良はあまり興味はなさそうに流す。予想はしていたが、思っていた以上に無造作な返答に、花は首を傾げる。
「亮さんやお父さんたちにあげないの?」
「あまりあげた記憶はないわね」
「へ? どして??」
 目を忙しく瞬かせる花に、深く相良は溜め息をつく。
「この時期になると亮くんが『今日TVでやってた新しいレシピのチョコ作ってみた』って片っ端から作るから、それの消化だけで手一杯になるのよ。これ以上食べるもの増やすわけにもいかないでしょ」
 しかもチョコのお菓子ばっかり。
どこかうんざりとした表情も窺えるのは気のせいか。「それもすごい」と花と各務はそろって顔を見合わせる。
「贅沢なヤツだなーお前」
「同じものずっと食べ続けてたら分かるわよ。『過ぎたるは及ばざるが如し』って言葉知らないの?」
 確かに。相談する相手を間違えたらしいと悟って、花はうーんと唸る。
「で、貴方は天原瑞貴に上げるんでしょ。その相談?」
「へ?」
 思わず「なんで?」と素で言いかけて花は慌てて口を閉じた。一応婚約者『役』であることは事実だから、それはさすがにまずいだろう。でも、なんか瑞貴のためだけと言われるのはシャクだから、そこだけは訂正する。
「あ、いやそういうんじゃないけどさ……お世話になってる人にあげたいと思ってるけど腕がコレだし、いいものないかなって」
「手作りしたいっていうなら、亮くんいくらでも協力してくれるでしょうけどね」
 それができないから困ってるのだ。「どっかいいお店とかないのかなー」と溜め息をつくと、思い出したように各務が口を開いた。
「あー、それなら俺のバイト先の近くの店でバレンタイン用の特設コーナーあったぞ。なんか色々種類あって結構オモシロイのあるらしいし、いってみたらどーだ?」
「ホント? ありがとー各務っち!」
「おう。義理でいいから俺のもよろしくなー」
「貴重な食料!」と念押すような叫びに「おうよ質より量!」と答えて。互いににやりと笑い、ぐっと互いに親指を立てて身も蓋もないことを言い合う色気のない二人を、生温い視線で見守る一人。
 まあここまで色気がないような関係でなければ、彼女の婚約者が黙ってるわけないでしょうしねと、相良に思われていることなど露知らず。
 そのまま盛り上がって学校帰りに行ってみるという花の言葉に、『面白そうね』と相良ものったのだった。


――――そして、放課後。

「あ、コレ各務っちにいいかもー」
「『ゲンキニナールA』? 錠剤のパロディ? それよりこっちのお金チョコとか秋葉缶とか愉快なものでもあげたほうがいいんじゃない?」
「あはは、両方買ってく? 二人からってことで」
「そうね。チョコレートでここまでネタに走れるとは思わなかったわ。他にも餅にチョコとか酒粕入りとか……本当に色々あるし。家にも買って帰ろうかしら」
 相良は周囲を見回す。各務に紹介されたその店は見事にバレンタイン一色で、ありとあらゆるチョコをかき集めてみましたという感じだ。普段見かけないような風変わりなチョコレートもたくさんある。
「それにしても。はじめてこういうとこ来たけど、流石に人多いわね」
「まあ、時期近いしねぇ」
「腕大丈夫?」と目を向けられて「な、なんとか」と苦笑交じりで花も応じる。まあ多いと言っても平日だしバレンタインまでにはまだ多少日があるから、きっと少ないほうなのだろう。ただ、下校時間がかぶっているためか同じような高校生の姿が多い。
 小さい頃にも何度か来たことはあったけど、今改めてみると結構みんな真剣に選んでいるのが分かる。作るようになってからは縁がなかった場所だけど、こうして選ぶのも結構楽しいかもしれない。その空気につられるように、花はうきうきしながらかごに誰がどれ、と積み上げていって。
「……ん、やっぱ七瀬さんのこれにしよっと。あたしこれで全部選んだけど相良しゃんはー?」
 どうする? と小首を傾げて振り返った花に、相良も『いいわ』というように頷いて。ちらりと花のかごに積み上がったチョコを見た。
「ところで、さっきから見てるけど天原瑞貴には買わないの?」
名前が一度も挙がってなかったみたいだけど。
「あ、え?」
 その言葉にぎくりと花は肩を震わせて、微妙な笑みを浮かべる。
「うーんと……まあ、瑞貴甘いのダメだしチョコじゃないほうがいっかなーとか」
 嘘じゃないが、肝心なことは伏せて。七瀬から聞いていた言葉を花は思い出す。
 調理実習やバレンタイン時期に瑞貴が大量に持ち帰る甘いものは、須らくもらった瑞貴以外の人のお茶請けや、七瀬さんが持ち帰っていると。――事実、花もそのおこぼれに預かったのが数度。あげた子たちの気持ちを考えると気が引けるけど、瑞貴が食べるの待つなんて捨てるのも同義だから仕方ない。
 ……要はそうでもしなきゃ、もらった本人が食べないから処理できないということで。
 ただでさえそんな状態でしかもイベント的に『好きな人にあげる』などという(瑞貴にしてみれば)ありがたくない付加価値がくっつくことを考えれば、本人には嫌がらせも同然だろう。これ以上そんなモノを増やす気になれるわけがない。
 七瀬からバレンタインでも同じようなことになると聞いた時点で、「じゃあ何もあげないのが一番いいか」と花は結論を出して贈らない事を決めていたのだが。
(まさかそんなこと言う訳にはいかないしねぇ……)
 あははと笑って誤魔化す花に「ふうん?」と相良は流し見る。
「ま、それならコレでも買っといたら? チョコよりはいいんじゃない?」
 そう言って示されたのはチョコならぬチョコの様な色のココアクッキーだった。ご丁寧に甘さ控えめと銘打たれているという事はそれなりに需要があるということか。確かにコレくらいなら平気かもしれないが、好んで食べるとは到底思えない。
(そんな、本当の恋人というわけでもないしねぇ……)
そうまでしてあげる必要も、瑞貴にしてももらう義理はないだろう。考えている沈黙を迷っているものと受け取ったのか、駄目押しのように相良は告げる。
「別に買うにしても、あなたって忘れそうだし」
 妙なところで鋭い言葉に思わず「うっ」と反応してしまい、「いいよ」と言いかけた言葉を封じられる。これ以上否定を告げたら、逆に疑問をもたれてしまいそうだ。
「あ……うん。そうだねぇ」
 結局出たのはそんな言葉。そもそも買うつもりもないんだけどなぁという胸中のぼやきは、立場を考えれば不自然だと思うと流石に言えず。結局花は自分用にすればいいかと、一緒にラッピングしてもらう。
 ……が。
 その後、「間違えないように名前を書いておいたら?」という相良の言葉にうっかり頷いたせいで、全部にメッセージカードを付けさせられたことはいうまでもなく。
 それぞれ、そのまま書かれた名前の持ち主の元にきっちり渡されることになるのだが――そんな事など花が知る由もなかった。

Contenue?

comment

*つーわけで、花本気で瑞貴の分用意してなかったというか買うつもりなかったという話(ぉ<それで瑞貴の分かと問われて微妙な反応だったという。
相良さんに感謝? というか、自分で書いててちょっとあんまりじゃないかと思えてきました。
瑞貴はさておき、花はまだこの時点じゃ全くもって意識はしてないですしね……イベント一緒に楽しんだりしたいとは思っても、それ以上はない気が。なのでもらってもかえって迷惑にしかならんなら、スルーはしないけどとりあえず他の人の気持ち無駄にならないようにはしようとベクトル間違いなことするかと。
本当はこのトリオのかけあいが元々メインで書きたくてバレンタインネタ始めたはずなのですが、うっかり横道で妙にそれて、見事に気力が費えました。
最初から最後まで当初の予定からずれっぱなしの連載でした。よろしければ後日談のWhiteDay編もどぞ。
そして、お題に置いてる『07.なりたい自分』も実は番外編だったり。興味のある方はどうぞー

2008/02/19 初出 [ 出雲奏司 ]

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