Valentine sketch

Take.2


「買ってきたの?」
 バレンタインまでまだいくらか日があるその日。数日前バレンタインに贈るチョコレートを手作りするかどうかで悩んでいたようだったが、どうやら買うことにしたらしい。帰ってきた花が見るからにバレンタインを意識してデザインされた袋を抱えてるのを見つけ、灰人は声をかけた。
「ハイ! 友達といったんですけど、面白いのがたくさんあって、見るだけでも楽しいですねー」
そのままリビングに入り、「えーと、これが各務っちのでこっちが七瀬さんで……」と、無意識にか次々どれが誰と口にしながら、花は袋の中にまとめて入れてあるものをソファに腰掛け取り出していく。真っ先に挙がると思っていた名前が出ないことに内心首をかしげながら、聞くともなく灰人はそれを聞いて。とうとう最後の一つになったところで、「あ、ようやく出てきた」と花はきれいにラッピングされた箱を灰人に向かって差し出した。
「これ、灰人さんに。少し早いですけどバレンタインです」
「……いいの?」
 まさか自分の名前が出るとは思っていなかった灰人は虚をつかれたように目を瞬いたが、それに対して花は「はい」と力いっぱい応える。
「いつもお世話になってますし、どうしてもそのお礼もしたくて」
よかったら受け取ってください。そう言って笑った花に、灰人は表情を弛める。
「ありがとう」
 お互い顔をあわせて笑って。ふと花は「あ、そうだ」と声を上げた。
「早く渡したの理由があってですね。多分バレンタインまでに食べてもらった方がいいかなーって」
「バレンタイン"まで"に?」
 妙な部分を強調した花に、灰人は首を傾げる。
「はい……多分バレンタインになったら当分チョコには困らなくなりそうな気がするので」
 その言葉に灰人はぴんと来る。
(……なるほど)
 それで先ほど仕分けをしていたときに、最後まで名前があがらなかったのかと納得して口にする。
「――瑞貴か」
 その言葉に「やっぱ"そう"ですよねー」と頷いた花と一緒に灰人は軽く息を吐いた。
「まあ確かに、この時期は毎年チョコレートに困らないけど――」
 それなりに顔がいいのも手伝ってか、山ほど持ち帰っては無造作に放り投げて放置する毎年の瑞貴の姿を灰人は思い出す。どんな外面かは知らないが、断って事を荒立てるよりも笑顔でそつなく受け取るだけ受け取っている姿を想像するのは、そう難しいことではない。
 が、今年は『婚約者』という立場の彼女がいるのだから、そうとも言い切れないんじゃないかと思うのだが。
(……そういえば)
 調理実習で作ったものを押し付けられたのだと、彼女と二人して大きな袋をいっぱいにして持ち帰っていたこともあったかと思い出した。確かに、今年になってぱたりとなくなることは考え難いかもしれない。同じようにして結論にたどり着いたらしい花も、疲れたように息を吐いている。
「あげる方の趣味も疑いますけど、実際たくさんもらいそうですし。毎年どうしたらいいか困って大変だって、七瀬さんも言ってましたし」
 花の言葉の後半だけは嘘だと胸中だけで灰人はツッコむ。そんなことを言って、放置されるチョコの8割はあの人が嬉々として持ち帰って、あちこちにばら撒いているのだ。まあ灰人としても処理する手間が省けるので、珍しく大いに結構な行為と受けとめているが。
「前に調理実習でもらってたカステラもそうですけど、瑞貴やっぱり手をつけそうにないですよね」
「チョコレートは甘いから特にな。毎年放り投げてそのままなのを、アイツ以外の人間で食べてる」
「わー……相変わらずとことん人でなしですねー」
 思わず呟いた花の脳裏に浮かんでいるのは、まだ転校して間もない頃に見た光景。瑞貴があの何度見ても鳥肌立ちそうな外面とニセモノ笑顔で受け取っておきながら、食べないどころか見向きもしなかったのを見たとき、花は本気で我が目を疑った。
 (外面に騙されてるとはいえ)純粋に慕って贈られているとわかっているものに対して、あの態度はあんまりだと思う。食べる気もその気もないならきっぱり断ればいいのに。バレンタインでもあんなことやるんじゃないかと思えば、贈ってくれる子たちがかわいそうだ(趣味が悪いと思うし、他人事ではあるが)。
 そりゃあの頃とは違って、今はある程度事情もわかってきたから、瑞貴にしてみれば下手に角を立てずに学校生活を送るための対応してるだけって、わかってはいるけど。でも、いくらなんでもアレはひどいと思う。
「そりゃどうするかなんてもらった人の自由ですけど、いろんな人に迷惑かけるのはどうかと思うのですよ」
 無理して嫌いなものを全部食べろとか、そういうことを花だって言うつもりはない。でも、せめて気持ちを汲んで、一口ぐらい食べたっていいじゃないかと花は思うのだ。もらった本人も食べてないのに勝手に食べるは、花だって気が引ける。大体瑞貴は好き嫌いが多すぎるし。
「まぁ、確かに」
「やっぱり、一口ぐらい食べさせなきゃですよね!?」
 何気なく灰人が相槌を打つと、花は勢いを得たようにぐっと拳を握った。ふと、灰人は妙な方向に来てないかと思う。
 どうやら花自身が瑞貴にチョコレートを上げるということは全く考えていないらしい。……というより、どうも聞いていると瑞貴にチョコを渡す他の女子に対する態度や、こちらにまで処理に迷惑をかけることを怒っているように思えるのは気のせいか。一瞬考えて、灰人は口を開いた。
「……じゃあ、君からアイツにはナシ?」
「苦手なものあげるなんて、嫌がらせみたいなことするのもヤですから。あたしからもらって瑞貴が喜ぶとは思えないですし」
 とにかくあげるにしても、もらっても迷惑じゃないのが前提ですから。確認するように問われた言葉に対して、そうあっさりと頷いた花に灰人は微妙な表情で「そう」と相槌を打つ。
 元々甘いものがダメな瑞貴にしてみれば、プレゼントだろうと情が込められてるとわかってるだけに、捨てるのに気分がいいはずもなく、ある意味嫌がらせに等しい。花のようになにも押し付けない方が思いやりがあるといえなくもないかもしれないし、実際欲しいなどとは瑞貴も思ってないだろうが……『例外』も中にはあるのだとは――流石に思い至らないか。
「もらったチョコをどうにかして瑞貴に食べさせる方法考える方ってないですかねー」
 真剣な表情で考え込むその『例外』にあたるだろう花を横目で見ながら、灰人は複雑な表情で自分がもらったチョコレートを眺めた。
 もし灰人がもらっていて、自分にはなしだと知った時の瑞貴を想像する。特に何かするわけではないだろうが……どうも、呪われそうな気がするのは気のせいか。
 ぼんやりそんなことを考える灰人の横で、花は「うーん」と考え込みながら口を開く。
「今のところもらったチョコをチョコフォンデュの元にでもして無理やり一口でもいいから食べさせよっかなーとか考えてるんですけど」
 ……いや、それもそれで結構ひどい気がするが。とは口にせず、灰人は胸中でぼやく。それでも少しでも瑞貴の口に入るなら報われると思うべきなのか。
 ぶつぶつと口にする花を見ながら、なににせよ灰人はいろんな意味で機嫌が悪くなるだろう当日の瑞貴を思って、また面倒なことになるんじゃないかと嘆息した。

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*実はこれがオチのつもりでした(マジ)<あとは番外的な小話いくつか書こうかってだけで、当日の話特に考えてなかった
だってこの時点じゃ瑞貴にしてももらえない事に対して不機嫌になる理由(建前)ないですし、本音で多少むっとしても関係ないってポーカーフェイスで通しそうですしね……まあ結果はNext見ての通りで書いちゃったんですが(あはは……)

2008/02/05 初出 [ 出雲奏司 ]

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