――そんなことを思い出しながら、瑞貴はあの頃より随分時間も経ち成長したはずの花を眺めて、小さく溜め息をついた。 やはり三が日は過ぎているが、なんの気が向いたのか「初詣に行こう」と花に引っ張られてきたのだが。 「うー……届かないー……!」 目の前には、そう言ってさっきから随分と高い枝の先に、輪にしたおみくじを引っ掛けようと躍起になっている花の姿。 どうもあまり良くないことが書かれていたらしく、高いところに結ぶのだと意気込んだまではいいが、明らかに目標としている先に届きそうにないその跳躍は、猫じゃらしにじゃれる猫にも見える。もしくは目の前に人参をぶら下げられた馬か。 そんな姿を見ていると、そう成長がないように思えるのは気のせいか。思い出したことも手伝って、なんとなく声をかける。 「届かないからって登るなよ」 「するかッ」 すかさず返事が返ってきたが、その割には顔が赤い。図星か昔のことを思い出したのか。瑞貴はにやりと笑って告げる。 「だよな。散々叱られたし。おまけにこっちにまでとばっちりくらわせて」 「だからどーしていちいちそーいう余計なことばっか覚えてるワケよアンタはッ!」 ぎろりと睨んでくる目に「誰かと違って記憶力悪くないからな」と返して。うっと声を詰まらせた花に、瑞貴は軽く息を吐いた。 昔はその手に引っ張られて一方的に振り回されることが多かったが。幸い今はそうでもないし、見えるものもあのころよりは多くなった。 ……そう、どうしてあんなにムキになって花が高いところに結ぼうとしたのかも今は知っている。もっとも、彼女の祖父に後から教えてもらったからではあるが。 ――『去年はあまりいいことがなかったっておめー言ってただろ。今年は絶対に神様にも見えるように高いところに結ばなきゃだめだからって言ってたぞ』 本当に、昔から人のために走り回っているのも変わらない。冷や冷やさせられるこちらとしては、少しは控えてくれと言いたくもなるが、言ったところで直るものでもないのだろう。ならば。 あの時の彼女のように一番高い場所とはいかないが―― 自分も結んだそこそこ高めの枝先を一つ花の目の前に下ろして。目を瞬く花にあごで示す。 「ほら。これならいいだろ」 コレくらいで妥協して結べと差し出す。よっぽど予想外だったのか目を丸くしながらも、花は笑顔を浮かべた。 「ありがとう!」 そうしていそいそと花が結び終えたのを見計らって、瑞貴は枝を元に戻そうと手放した。……が。 『……あ』 どういうわけか袖口に引っかかって、ぽきりと瑞貴の手元で見事に折れてしまったそれを、しばらく呆然と二人で眺める。運良くというべきか、花が結んだおみくじの手前で折れてはいるが―― 「ぷっ」と花は吹き出した。 「あ〜あ、樹をいためちゃうようなことしちゃいけないのに。また怒られるねぇ」 あたしほどじゃないだろうケドさ。そう言いながらもイッシッシと意地悪く笑って見せる顔に、瑞貴は顔をしかめる。元々誰のせいでこんな真似をしようとしたのか分かってるのか。どっちにしろ、頼まれもしないのにやったことではあるし、瑞貴一人の責任ではあるが。 それでもどこか理不尽なものを感じながら、瑞貴は深々と溜め息をついて。ぷふっと、吹き出して花はぽんぽんと軽く肩をたたいた。 「まあまあ。もし怒られてもサ、一緒に怒られてあげるから」 仕上げにバシッと背を叩いて、瑞貴の顔の前にピンと一本指を立てる。 「コレでおあいこだからね!」 以前瑞貴のために樹に登って結んだ花と、やはり花のために引き寄せた瑞貴と。花にその意味での自覚はないだろうが、確かに事実に違いなく。瑞貴はふっと息を吐いて苦笑する。 「……まったくだ」 そういって顔を見合わせて笑って。跳ね上がった先で、その存在を主張するようにゆれているきっちり結ばれたおみくじを見上げる。 きっと今の自分は高いところに結んだ昔の花と同じような顔をして笑っているんだろうと、瑞貴は手の中に残る枝を握った。 祈り結ぶ手 -- 望むゆえに
|