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 そういえば、昔まだ花と彼女の祖父と一緒に過ごしたあの日々。
 何もかも願うことさえ疲れ果て、諦めていたはずだけれど。
 一度だけ一緒に行った初詣で、稚けない願いを持っていたこともあったと
 ――ふと、思い出した。


  祈り結ぶ手 -- 誰がために



 仮初めであれ当主として挨拶しなければいけないと、正月は一度『本家』と呼ばれていたところへと行かせられて。どこか着慣れない――でも、『生まれ直し』というものの時イヤというほど着せられていた着物を着せられて、慣れない口上を覚えさせられて言わせられた。
 慣れないことでたどたどしく、確かに聞くに堪えないものだったとは思う。やっぱりダメな、役に立たない人間と言われている気がして。最低でもいなければいけないという『三が日』が済むなり、あからさまに向けられる陰口や冷笑から逃げるように、一目散に隣の江ノ本の家に駆け込んだのは、ごくごく自然なことだった。
 だが、駆け込んだまでは良かったが、新年早々他所のうちにお邪魔してもいいのだろうかと迷っていると、幸か不幸か「ミズキだー!」と元気な声が飛んできて。それから何がどうしてそうなったのか、一緒に初詣に行こうと誘われて気がつけばいつものように柔らかな手と大きく節くれだった手に代わる代わるひかれ、境内を歩いていたのだ。
 その道すがらで聞いた彼女の話によれば、元旦に行った時は人が多くておみくじが引けなかったのだという。それに、「あんなにたくさんの人が一度に言ったら、お願い事聞いてもらえなかったからもう一度するの!」ということらしい。
 理屈は分かるが、当時からすでに神さまがいるならどうして母を助けてくれなかったのかと、どこかすさんだ気持ちで思っていたから。正直を言えばあまり気乗りはしていなかった。
 それでも、「おじーちゃんやパパやママやミズキにいいことがたくさんあるようにお願いする」と笑顔で言ってくれたのが嬉しかったから。いいのだろうかと戸惑いながらもおじーさんから握らされたお賽銭を、カズラと一緒に投げてお願いをした。それは『おじーさんやカズラや大切な人たちが健康で幸せに過ごしてくれますように』というカズラとよく似たごくごく平凡で単純なもの。
 もらったお賽銭だからそうするのが一番いいと思ったわけではなく、それは心底から思ったことで。日に日に元気をなくしてやつれていくのを見てきた、母の姿を思い出していたから。
 本当はこうしてずっと一緒にいられたらいいのにとも願いたかったけれど、叶わない願いと悟っていたから。せめて大切な人たちのことを祈った……とまあ、ここまでならばいい思い出の一つとして残ったのだろうが。
 カズラがいる以上、そうそう大人しく終わることは少ないわけで。
 「寄るとこがあるからおみくじをひいてそこの樹に結んで待ってな」とおじいさんに言われて。カズラと二人で中身が見えるわけでもないのに真剣におみくじを選んで、見せ合った後にそれは起こった。
 おじいさんに言われたとおり適当なところで結んでいると、ふいに高い場所から声が『降ってきた』のだ。
「ミズキー!」
 聞こえてきた方向から、まさかとぎくりと目を手元から上に上げると。「おーい!」と楽しそうにカズラが手を振っていた。カズラがいる場所は、それほど高くないとはいえ、おみくじを結ぶ樹の上のほうで。――そう、カズラは樹に登ったそこから自分を呼んでいたのだ。
 思わず目を瞬いて、目をこすって自分の見間違いじゃないかと思ってしまったのも無理もないだろう。樹の周りには、明らかに立ち入り禁止を示すようにロープがきっちり張られているのだから。
「なにやってるんだよ!?」
 思わず声を荒げたミズキに口を尖らせて、カズラは答える。
「えー? 高いところの方がいいっておじーちゃんがいってたもん」
ミズキのも結んであげよっか? とこちらに手を伸ばすカズラに、あわてて首を横に振る。見るからに危なっかしい体勢で、落ちるんじゃないかと気が気じゃない。
 それに見つかったら、きっととんでもなく怒られる。
「だめだよそんなことしたら……」
せめて見つかる前に降ろそうと、必死になって呼びかけるが、何が気に入らなかったのか花は怒ったように頬を膨らませて。手を伸ばしてきた。
「見えるとこやらなきゃだめだもん。いいからおみくじッ」
「え、ええ!?」
 驚きつつもやめさせなければと思いながら、それでも思わず結びかけてたそれを解いてカズラに渡してしまったのはなぜだろうか。
 今でも不思議になるが、二つ同じ高さで誰より高い場所に結び付けた彼女の顔がひどく満足そうで嬉しそうだったから、まあいいかなどと思ったのだから我ながら手に負えない。
 結局後でおじいさんと神主さんに見つかって二人とも随分と怒られたのだが。
 こってりと叱られたその帰り道、流石にしゅんとした二人の手を繋ぎながら、おじいさんは聞いた。
「あそこまでやるからにはちゃんと高いところに結んだろーな」
 その言葉にこくこくと力いっぱい頷いた二人に、おじいさんは笑って。
「よくやった。でも、もう樹をいためるようなことはやっちゃいけねーぞ」とカズラと二人頭をなでられた。


 結局花や江ノ本のじーさんと初詣に行ったのはその一回きり。
 そもそも本来は二人とも正月にこっちにいることが珍しいと知ったのは、翌年のことで。
 以来、なんとなくほっとしたような残念なような複雑な気分になって、もう一緒にいくことはないのだろうなと思っていた。




2007/6/3 [ 出雲 奏司 ]

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