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  祈り結ぶ手 -- 祈り託して



「ちちうえー!」
 自分を呼ぶその声に、瑞貴は目を細めて振り返った。
 ぱたぱたと軽い足音を響かせながら駆け寄るまだ自分の腰の高さほどもない我が子と、手を引かれながらつられて駆けるその母親――花だ。
「ちちうえっ、かたぐるましてー! ははうえがね、かみさまによくみえるようにね、おみくじはたかいところにむすぶんだよって!」
 息を切らせながら、花とよく似たきらきらとした大きな目でねだった息子に、瑞貴は笑って抱え上げた。
「じゃあしっかり手伸ばして高いところに結ぶんだぞ」
「うん!」
 真剣な表情で、小さな腕をいっぱいに伸ばして結ぶ。誰よりも一番高いところとはいかないが、十分に高さはある。
「上手にできたねー」と手をたたく花に、嬉しそうに笑って。
「ははうえとちちうえのもいっしょにむすんであげる」と得意げに手を差し出す。
「ありがとう」と花は微笑んで、自分の分を子供に渡した。
「ちちうえのおみくじは?」
 上から覗き込むように問われて、「ああ」と瑞貴は両手を塞がれていることに気づき花を振り返る。
「右ポケットに入れてる。取ってくれ」
「はいはい……じゃあ、コレもお願いね?」
 瑞貴の言葉に頷いてコートのポケットを探ると、花は結びやすく細長くくたたんで子供に渡す。
「うんっ! ちちうえ、こっちー! さっきよりたかいとこ!」
 元気のいい返事をしながら、やる気満々で指差してはしゃぐ子供に瑞貴は苦笑する
「わかったわかった。あまり動くと落ちるぞ」
「ヤダーーっ!」
 ふざけて言えば、とたんにぎゅっと頭にしがみつかれた拍子に目も塞がれて。思わずその場でたたらを踏み、「ぎゃあ」と子供も見ていた花も悲鳴を上げる。
「危ないじゃないッ! イジメないでよッ!!」
 上からは目隠しに悲鳴、下からの集中砲火に、多少理不尽さを感じながら溜め息をついたが、分が悪いと諦めて。すっかり怯えて震える小さな足を、瑞貴はぽんぽんとたたく。
「ほら、ちゃんと足持ってるから大丈夫だ。そうやって握ってたら結べないぞ?」
「むすべるもん!」
 表情は見えないが、誰に似たのか幼いながらも負けず嫌いだから、ふくれっつらでもしているのだろう。
 ぱっと抱え込んでしがみつく様に掴まれていた頭が解放されて、視界の端により高い場所へと伸ばす小さな手が見えた。切り替えの早さに笑う……が。
「おっと」
 後先を考えない思い切りのよさは、母親似か。落ちる恐怖を欠片も考えてないように、反り返り気味に手を伸ばす子供の背中をあわてて右手で支えて、瑞貴は既視感に目を細めた。
 かつての花と同じ、どこよりも高い場所を自分のため以外でも、当たり前のように伸ばして与えようとするその小さな手。
 慎重に黙々と結んでいるらしい真剣そのものの我が子を邪魔しないように気をつけながら、傍らで見上げている花に向かって声をかける。
「来年は樹を登らないように注意しなけりゃならないかもな」
「枝をひっぱって折らないようにするのもね」
 互いに揶揄するように声をかけて、目を合わせて小さく笑う。
 かつては樹を登って、枝を引っ張って、そして今は我が子を肩車して。さてその次は、どうやってこの手を伸ばすだろうか。


 いつしか増えていった守りたいと、幸せであれと願うもの。叶うはずがないからと捨てたはずの願いは冗談のように叶えられて、悲壮めいた決意はとうに砕かれこの手は我が子を抱いている。
 だからといって今でも願えば叶うと思うわけでもなく、神頼みをあてにする気はないが。

――どうか来る一年その手に幸せがあふれるように、元気に過ごせますようにと。

 そう願う対象が増えても、昔から変わらない稚けなくもかけがえのないその願いが叶うことを祈りながら、自分たちは何度でも高みを望んで託しては結び続けるだろう。


「できたよー!!」
 満面の笑みで告げられているだろう、頭上からのはしゃいだ声に瑞貴は目を細めて笑う。
「ああ、えらいえらい」
 かつて自分がされたのと同じように、瑞貴は小さな頭をクシャリとなでた。





2007/6/3 [ 出雲 奏司 ]

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