お子様で遊んでみよう

きぬぎぬ -- Side:Adult mind


「お見送りもできなくてすみません」
「いいのよ。『デート』なんでしょ? 楽しんできて」
 朝食が終わって早々、「二人で出かけるところがあるので」と言った瑞貴と花を玄関まで見送りながら律子は笑顔でウィンクした。
 それに一瞬気まずげに瑞貴と花は目を見交わしたが、笑顔を浮かべて「ありがとうございます」と言って。それがはにかんでいるように見えて、律子の目には初々しくかわいらしく映る。
「じゃあ、次機会があるときにまたゆっくりと」
「ええ、いってらっしゃい。またね」
「はい。律子さんも灰人さんとゆっくりしていってくださいね」
 じゃあいってきます、と手を振る花とぺこりと頭を下げた瑞貴を律子は玄関から笑顔で見送って。姿が見えなくなったところで後ろから近づいてきた灰人を振り返り、律子は少し眉を寄せた。
「……ねえ灰人クン」
「なんだ?」
 変わらない表情を見ながら、律子はやや失敗したといいたげな表情を浮かべた。
「ちょっと、やりすぎだったんじゃない?」
「……目的はきっちり達成できたから良いだろ」
「それはそうだけど――」
 ねぇ、と律子は左手に右肘を置き、右手を頬に当てて「うーん」と眉を寄せる。
 ――瑞貴と花の二人が、どうも妙に自分達二人をくっつけたがっていることに、かなり早い段階で灰人と律子は気付いていた。
 そもそも思っていることが言葉なり行動なりに出やすい花が相手だったから、二人に駄々漏れなのは当然のこと。だが、混じりけ無しの好意とわかるが故に断りにくい花の『お願い』で、二人で出かける―いわゆる「デート」のお膳立てに乗ってしまったのも事実。しかも別に互いに知らぬ仲でもなければ、親しい事も事実で。一緒に出かけるのは楽しいから構わないかと回を重ねていた。
 ……が、互いにその花の思惑に沿う感情で出かけているつもりはなく、このままではまるで騙しているみたいだという罪悪感を覚え始めてきていたのが一つ。また、ずるずるとこうしたことを続ける事で変な期待を持たせてしまうことを避けたかったのも一つ。
 そして何より、花が控えめにそうしていたのがいつからか瑞貴もそれにかみ始めたことが一番の理由だ。花一人であればなんの裏もなく、ただ純粋な好意による可愛らしいものだと微笑ましくも思えるが、瑞貴もとなると好意がないとは言わないが、微笑ましい理由ばかりと思えない。しかも下手に権力持ちで、手段を選ばないところもあるときている。
 ここらで一つ牽制するなり何か手を打っておかないと、後々とんでもない事をされる可能性がある――とそう思い、じゃあどうするかと二人で相談した手段がこの『目の前で仲良くするコト』だった。そう、『手を出す気にならないくらい』徹底的に。(まあ、どう考えても『嫌い合う』だとか『他に相手がいると主張する』という手は現実的に難しいから、他に方法がなかったとも言うが)
 そして元々仲のいい兄妹のように長い間過ごしていた二人にしてみれば、それは打ち合わせすら必要もなく、それほど難しい事でもなく、ことは思惑通りに運び現状――瑞貴と花がこちらを突っつくどころかはだしで逃げ出す程となったわけだが……
「でもねぇ」と律子は困ったように眉を寄せて腕を組んだ。
「朝から花ちゃんはなんだかそわそわしてぎこちないし、瑞貴クンは顔引きつらせて目も合わせようとしてくれないんだけど」
 困惑したような表情で見上げる律子に、そりゃなと灰人は色々と――特に夜中辺りの一件を思い出す。あそこまでやれば、普段の律子とのギャップによる精神的ショックもある上に、いらぬ想像力を働かせてしまって、挙動不審にもなりたくなるだろう。……ある意味自業自得だから同情はしないが。
 だが、律子に合わせて少し反応を見て遊んでやるかと通常の2割り増しくらい甘やかしていた昨夜の自身の行動――ある意味醜態と呼べなくもない――を思い出して、灰人は深々と溜め息をついた。確かに、少々やりすぎたとも思う。アレは。
 難しい表情をする律子を、灰人はちらりと見下ろして。
「……因みに一番やりすぎたのは間違いなくお前だけどな。律子」
「なんでよ。あたしは灰人クンの口裏合わせたりフォロー入れたりしただけで、殆ど何もやってないじゃない」
 身に覚えのない言いがかりだと、不満げな表情で律子は灰人を睨む。「それに別に基本的に嘘は吐いてないし」と。……まあ、それは本音だろうと、灰人も思う。
 多少誇張もなくはなかったが、自分達にとって慣れた言動であることは事実。……とはいえ、二人とも常識的な感覚もしっかりある。傍から見たら、それが目の前でやられたら多少(?)居た堪れなくなるだろうという自覚はあるから、普段ここまで家族外の人前でこんな言動をとることもない。
 だからその程度をわきまえつつ、律子としては直接的な行動は大物に絞り、後は会話の端々でアクセント的に匂わせる程度に抑えていたつもりなのだろう。……まあ少なくとも、律子自身の意識下では、だが。
 灰人は目を細めて確認するように尋ねる。
「……寝る前のことは全く覚えてないのか?」
「へ? ……ああ、花ちゃんと話しながらテレビ見てたのは覚えてるけど……。変なことでもしたの? あたし」
 きょとん、といつものごとくやはり覚えていない様子の律子に、灰人は頭痛を覚えて額に手をあてる。……アレを他の人間相手にもやって見せているとなると、プライベートや仕事での人間関係を築く上でも相当危険だと思うのだが。
「……昨日も言ったが、その酒癖と眠り癖の悪さ、本気でどうにかした方が良いぞ」
「えー? でも灰人クン以外にそんなこといわれたことないんだけど」
 ……それは、安堵し喜ぶべきなのかどうなのか。なんともいえない複雑な気分で灰人は律子の頭にぽんと手を置いて。
「……わかった。じゃあ免疫のない人間がいるとき俺のいる前で飲むな」
 いいな、と溜め息をつきつつ念押しするように言われた言葉に、「? まあいいけど」と首を傾げつつ律子は子供のように灰人を見上げた。

-End-

comment

別名瑞貴と花の『カルチャーショック話』とかまあ、そんな感じです。
 『確かに親密ではあるけど、こういう壊滅的な色気のなさが、灰律のCP成立の難しさな気がする。どうもこの二人って、恋愛云々すっ飛ばして、即行家庭的なやり取りになってしまうイメージ』……とか書いてたんですけどね(過去形)現状は裏見ての通りです(自棄笑い)
これ書いたのがはるか昔のようです……(遠い目)

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2008/03/31 初出 [ 出雲奏司 ]

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