お子様で遊んでみよう


 どんなに前日騒ぎがあろうと、天原邸の主夫である乾灰人が朝食を作る時間は殆ど変わらない。いつも通りの定時刻に、キッチンでは朝食のいい香りが漂ってきていた。
 ただいつもと一つ違うとすれば――

きぬぎぬ -- Side:Child mind


「ねーねー、朝ごはんなーに?」
 灰人の背後から、ひょこりと外巻きの髪を揺らした女性の声があがる。
「――律子、体重をかけて覗き込むな。重い。すぐできるから座ってろ」
「なによー美味しそうな匂いだから気になっただけなのに」
 律子はむっと唇を尖らせながらも、作っているものから必要になる物の見当をつけて、食器棚から大皿を取り出してきた。丁度取り出そうかと考えていた灰人は、その察しのよさにとりあえず追い出すのはやめるかと、口を閉ざす。流石、伊達に付き合いは長くない。
 それを察した律子は、上機嫌で調子付いたように「それに」と追加の文句を皿とともに差し出す。
「大体それを言うなら灰人クンの方が重かったじゃない。昔も重かったけど。今朝も潰されるかと思ったわ」
 その律子の言葉に、灰人は呆れたように溜め息を吐きつつ器用にフライパンの中のオムレツをひっくり返す。
「当たり前だ。あの頃からどれだけ成長したと思ってる。それをいうならお前のほうがよっぽど重くなっただろうが」
 運ばされたのといい、腕枕させられたのといいまだ腕の痺れが取れない。そうぼやく灰人に、むっと律子も口を尖らせる。
「失礼ねー。そりゃ大きくなりましたし随分勉強して頭も重くなっちゃいましたから。ごめんなさいねー」
 でも痺れてるんだー、とにやりと律子は笑って。ちょいちょいと灰人の腕をつつく。
 しかし言葉の割りに、灰人は全く応えた様子もなく腕の動きが悪いわけでもない。再び綺麗な弧を描いて宙を舞ったオムレツに律子は思わず歓声を上げてパチパチと手を叩いた。
 明らかに悪意を持ってつついてただろうに、その変わりようの早さに片眉を吊り上げて灰人が返す。
「そういう割には軽そうだな。もうちょっと重くしても良いんじゃないか」
「女性に重いって言うのもダメだけど、それは人として酷すぎない?」
 ブーイングを飛ばす律子に、多少分の悪さを感じたか。「……悪かった」と灰人は一つ溜め息を吐いて、話題を変える。
「だがお前もよく腕枕でなんか寝れるな」
「そういえばなんでかしらねー。慣れじゃない? ほら『三つ子の魂百まで』って言うし」
 小さい時からよくやってたから。あっけらかんと告げられた言葉を聞きつつ、灰人は微妙に眉を顰めて、律子が用意した大皿にぽんと4人分の大きさのオムレツを乗せた。表情とは裏腹に綺麗な紡錘系をした狐色のそれからは、ほかほかと美味しそうな湯気が立ち昇っている。
「そこまで小さいときから面倒を見てた覚えはないが……ほら、暇ならこれ運んでくれ」
「はーい。だから、それはことわざだって……あら、おはよう花ちゃん」
 ふと途中で気づいた律子は、キッチンに顔を出した花ににっこりと笑いかけた。
「ああ、おはよう。……昨日は悪かった」
 灰人もいつも通りの微笑で花を振り向いて挨拶する。そうやって何の不自然さもなく会話の続きのように巻き込まれた花は、微妙に笑顔を引きつらせて「い、いいえっ!」と反射的に答えて視線を落ち着かなげに彷徨わせる。
 ……実のところ結構前から花は二人のやり取りを聞いていたのだが、まるで新婚のキッチンに迷い込んだ気分になってしまい、どうしようと思って入りかねていたのだ。脳裏には今の会話に昨日見た二人のやり取りだとか、夜遅くまで瑞貴と大騒ぎしていた内容がよぎり、色々重なって――
「あ、あの……」
「?」
「どうしたの? 花ちゃん」
 不思議そうに寄り添いそろって首を傾げる二人を見て、花はぶんぶんと激しく首を横に振る。
(き、聞けない……)
 アレからどうされたんですかなんて。いや、多分聞いたらちゃんと答えてくれるだろうけど。きっと、少なくともお二人にとっては何もやましいことなんてなかったんだろうけど。
 ごくりと、花はつばを飲む。これまでを思うと、とても『なんでもなかった』なんて思えない。というより、さっきまでの会話だけでも、もう十分すぎるほどだったのだ。これ以上なんてとても……
 想像だけで、花は身震いする。
 確かに幼馴染だしとっても仲がよさそうで、大好きな人たちだから、身勝手な願いだけど付き合って欲しいなーなんてずっと思ってたりしていたけれど。そうなったらとても嬉しいし、きっと見ていて素敵だなって思ったりするんだろうななんて考えていたけど。
 ――でも。まだ付き合ってるわけじゃないみたいなのに、なんだろうこのどうしようもない居た堪れなさは。
「お、おはようございますー……」
 結局花は笑ってごまかして、いつもどおり挨拶した。もっとも、まともに笑えて言えた気など全くしなかったが。
 大好きな人たちだし、一緒にいることが嫌なわけじゃないけれど。
 なんだかもうすでに胸がいっぱいで、目の前でほかほか美味しそうに湯気を立ててる料理も入りそうにない。
 ちょっとだけ……いや、どっちかといえばかなり。『逃げたい』と思ってしまった花だった。

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comment

*ていうか、他の人いると眠れないんじゃなかったんですか、灰人さん。とふと思ったりして(3巻参照)でもそうか、『抱き枕』(すみません、某様の語りや絵が頭を離れなくて……)だから人としてはノーカウントなんですね!?(ぇ)とか。<勝手に言ってろ
 因みに瑞貴は「これ以上やって(見て)られるか」とギリギリまで寝て逃走中(?)です。抜かりなし(違)でも、後から花に涙ながらに様子語られてしまうので意味ないですが。

2008/03/30 初出 [ 出雲奏司 ]

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