お子様で遊んでみよう

 律子さんはあたしと瑞貴にとって、それこそすっごい恩人で。
 そうでなくても最初に会った時から、美人で格好いいお姉さんだなーって思ってたし、それからも話してるうちにとても大人で優しくてそれでいて茶目っ気のある人だっていうのも分かってきた。だから、自分もこんな風になれたらいいななんて、憧れるくらい大好きな人だったけど。
 いや、実際今でも大好きなんだけど――

そのよ -- Side:花


「あれ、律子さんー?」
「んー……?」
 一緒にテレビを見てるはずの律子さんが、さっきからなんだか目をあけたり閉じたりを繰り返してる。もしかしてって、目の前でおーいと手を振ったけど反応がない。なんだか、本格的に眠いらしく返事をする声もちょっとぼんやりしてるし。客室の方に行ってもらったほうがいいかな? と肩を揺らそうとして。
「――律子」
 不意に上から降ってきた声に思わずあたしは動きを止めた。呆れを含んでるけど、低くて優しい声。上を見たら灰人さんが見下ろしてた。
「あの、律子さんが……」
 そういうと、「完璧に寝てるな」って勝手がわかってるみたいな灰人さんの言葉に、あたしは避けるようにそっと場所を譲ってお任せすることにした。入れ替わるみたいに、灰人さんが律子さんの肩を軽くゆする。
「律子、眠いなら客室に上がって寝るんだ」
「まだ起きてるもん……」
 心なしか、律子のさんの口調が幼くて舌っ足らずだ。普段がすごくしっかりしてる人だから、ちょっとビックリしたけど、すごく『カワイイ!』と思ってしまう。
 後ろでちょうど風呂から上がってきたばかりの瑞貴もそれを見て一瞬目を瞠ってたけど、興味深そうにそのやり取りを見物と決め込んだらしい。あたしの後ろから覗き込むように見ている。
 その間も、灰人さんは(軽くだけど)しきりに律子さんのほっぺを叩いたり額を小突いたりと結構容赦ない。でも、それでも律子さんは寝ぼけ眼のまんまだからよっぽど眠いらしい。
「今寝かけてただろ」
「そんなことないもん……」
 なんだかこうしてると本当の兄妹みたいだ。なんとなくほのぼのとした気分になる。しっかりしたお姉さんな普段の律子さんもいいけど、こんな律子さんも可愛くていいなぁなんて思ってたけど……
 でも、のんきにそんな風に聞けていたのは、そこまでだった。
「そういって毎回そのまま寝て駄々をこねるのは誰だ」
――毎回駄々をこねる?
 さりげなく言われた言葉が、なんとなくひっかかって瑞貴と一緒に目を瞬いた。いやまあ、兄妹みたいな付き合いなら別に確かにそういうことがあってもおかしくなかったんだろうから、不思議でもなんでもないんだろうと引っかかった自分が不思議だったけど――後になって思えば、それは虫の知らせのようなものだったのかもしれない。
 ともかくも、引っかかってるこっちを無視して、会話は進んでく。
「今日は違うもん。それにいっつも起きるときはちゃんと布団だもん」
「俺が運んでるからだろ」
――運ん、でる?
 誰が、誰をかは話の流れからして間違いようもないことだけど。
(え、えーと……)
 なんとなくその流れを考えることを脳が拒否しているのは気のせいだろうか。冷や汗というか、妙な脂汗がこめかみを伝う。なんだかこれ以上この会話を聞いていたらいけない気がする。……のに、足が硬直して動かない。
「……ほら、早く起きるんだ」
「やだ……だってー灰人クンの服おっきくて歩き難いんだもん」
――問題そこですか!?
 なんだか雲行きが段々怪しくなってきてる気がするのはあたしの間違いなんでしょうか!?
 すぐ隣で、瑞貴の顔が引きつってるとこみたら、あながち間違いでもなさそうだ。心なしか、灰人さんの声もだんだん低くなってるし。
「お前がそれでいいって言って選んだんだろうが」
「やーだー。灰人クン連れてって」
――律子さーん!
 思わず『ヒィィィィ』と心の中で叫んで、あわあわと何かいい手はないかと周囲を見渡す。灰人さんは別にキレやすいわけでも怒りっぽいわけでもないけど、自分のペースを崩されるというか聞き分けが悪いヒトには結構容赦のない人だし。
 とりあえずお願いですから包丁はやめて下さいー! と胸中で祈って対処を考えるうちに、なんだか信じがたい言葉が灰人さんの口から出てきた。
「ったく……手間のかかる」
――はい? アレ?
 背後でボトリと、水をすったタオルの落ちる音がする。
 あたしが恐る恐る逸らしていた目を戻すと、そこには信じられない光景が広がっていた。


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2008/03/27 初出 [ 出雲奏司 ]

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