お子様で遊んでみよう

きざし -- Side:瑞貴


「あ、お帰りミズキー」
「おかえりなさい。瑞貴クン。おじゃましてまーす」
 その日『お勤め』に出ていた瑞貴は、ありえないものを見た気がして一瞬我が目を疑った。
「……律子、さん?」
 ですよね、という言葉に律子は目を瞬いて「うん?」と応じる。失礼だとは思いつつ、瑞貴はもう一度じっと律子の着ている上下を確認して、言葉を濁した。何の変哲もない寝巻きではあるが、妙に見覚えのある――
「……それ、灰人のですか?」
「ええ、そうよ」
 あっさりと律子はニコニコと笑って肯定した。その隣でのんきに茶を飲む自分の婚約者に、瑞貴は頭を抱えたくなる。止めようと思わなかったのだろうか、コイツは。
 そんな瑞貴の当惑した目に気づいたのか、律子は困ったような笑みで首を少し傾けて口を開く。
「急に泊りが決まっちゃったから、私から頼んで灰人クンに借りてるのよ。女が男物着るなんて見苦しくてごめんなさい」
「あ、いえ、そういうわけじゃ……」
 謝られるとは思っておらず、慌てて瑞貴は首を横に振って目を逸らした。確かに、大は小を兼ねるという考え方自体は瑞貴にも分かる。
 だが律子と灰人では身長差もあるし体格差も相当ある。長すぎる丈に袖を少し折り返しているのはまあご愛嬌といえるが、男女の体型の差が顕著な胸周りやだぼだぼで大きくなる襟刳りは少々危うく、正直目のやり場に困る。
 目を逸らしついでに、気を取り直すように瑞貴は軽く咳払いして。そんな自分の寝巻きを着る妙齢の女性を前にしても、いつも通り淡々とした様子を崩さない灰人へと八つ当たり気味に口を開いた。
「……いい眺めだな? 灰人」
 不意に自分に掛けられた言葉に、灰人は鬱陶しげに瑞貴とそれに示された律子の姿をちらりと見て。
「別に。いまさら」
見慣れてる。
 そうあっさりのたまった灰人の言葉に、一瞬その場の空気が固まった。
「ッえぇ!?」
「……は?」
お茶を飲んでいた花は思わずむせて、瑞貴は思いっきり顔を引きつらせる。
 とっさに2人の頭に浮かんだのは、先日律子と出かけると聞いたとき瑞貴が冗談か本気ともつかない様子で「『朝帰り』して来い」と言ったときのこと。肯定も否定もしなかったが、やけにあっさり応じて見せて。実際、一般的な意味での『朝帰り』ではなかったらしいが、一泊して帰ってきたこともあった。
 そんな微妙に思い当たる節があるだけに、「もしかして」と分かりやすく顔を赤くする花と、ポーカーフェイスながらも納得したように頷く瑞貴に、なにを考えているか察した律子は苦笑する。
「ホラホラ灰人クン。そうやって純情な少年少女をからかっちゃダメだってば」
「事実だが?」
 純情? と鼻で笑うようにしつつも、明らかに子供2人の反応を面白がっている灰人に「ハイハイ」と律子はひらひらと手を振って。笑うようにふっと息を吐く。
「ま、とりあえず二人が考えてるのとは違うと思うわ。幼馴染っていうか、家族ぐるみでのお付き合い――っていうかお世話になってて兄妹みたいなものだから、こういうことよくあったのよ」
「あ、やっぱりそうですよねー」
「……そうなんですか?」
 花はあっさり納得していたが。果たして本当にこれはそういう問題なのだろうかと、瑞貴は疑わしげに首をひねる。『兄妹みたいなもの』と言っても、どう見ても現在の2人の関係と言うかやり取りは対等だ。昔はそうだったにしても、今もそう思えるものなのか。しかも、少なくとも自分の介錯人として灰人がつけられてからの間、灰人の傍に律子の存在はなかった。そんなしばらく振りに会った大人の幼馴染相手で、そうそうすぐ昔どおりに扱えるかと言われれば少なくとも瑞貴はノーだ。そう思い、瑞貴は傍らの幼馴染であり現在は婚約者である花を見る……まぁ、自分の場合は色々と特殊だったわけだが。
 だが、似たようなことを律子も思ったか。特に否定もせず見事なほど無関心な灰人に、「でもねー」と律子も不満そうに頬を膨らませる。
「確かにこうもあっさり流されちゃうのもなんか悔しいわねぇ……昔はともかく、今は育つところはちゃーんと育ってるんですけど」
 なるほど確かにそのスタイルは万人が認める程度に均整が取れた女性のものだ。が、胸をそらせてぽんと叩くそれは、色っぽいというより、気風のよさみたいなものが強調されている。呆れたように灰人は溜め息をついて、「そうだな」と投げやりに応じる。
「眠り癖の悪さが直ったら考えてやる」
「そんな眠いときのことなんて、覚えてないのに知らないわよ」
「そうか。じゃあ酒癖の悪さもだな」
「うわ、ひどーい!」
 別に暴れるわけじゃないんだからいーじゃない! とむくれて「ねー?」と隣に座る花を味方にしようとしてか抱きつくように抱えこんで反撃している。……多少行動が子供っぽいように見えるところをみると、もしかして酒でも入っているのだろうか。
 そんな言い合いを聞きつつ、そんなに酒癖悪いのかと思いながら、瑞貴はぼんやりと見合い旅行のときを思い出す。精々陽気になって絡みグセがあってすぐ寝ると言った感じだったと思ったが――まぁどちらにせよ。
(灰人にしろ律子さんにしろ……)
 こちらの反応を意識して言っているのかどうか分からないが。と瑞貴は思う。今の会話だけでも聞きようによっては十分過ぎるほどあやしいというか、突っ込みどころ満載なんだが……
(……これは、突っ込むべきなんだろうか)
 て言うか、一体どこから突っ込めばいいんだ。
 『お勤め』の疲れもある。だんだん面倒になってきて、いっそ七瀬でも来て代わりに問いただすなり何なりしてくれないかと瑞貴は遠い目をした。

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*ちなみに花のツッコミが少ないのは、瑞貴が帰ってくるまでに慣れてきたからです(ぉ<つーか兄妹みたいなものというので全部丸呑みにした模様
続き、壊れ具合酷くひたすら馬鹿というかアホです。……色々とごめんなさい(先に謝っておく)

2008/03/24 初出 [ 出雲奏司 ]

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