お子様で遊んでみよう


 一番のはじまりは、たまたま各務んからもらった映画のチケットだった。
『あの怖い彼氏と行ってこいよ』と渡されケド、瑞貴の方はどうにも都合が付きそうにないから、じゃあ「今度近くを案内して欲しいの」とお願いされてたのもあったから律子さんと行こうかなと思ったのだ。
 だから早速電話をかけようとして。
(……そういえば)
 勘違いだと笑われてしまったけれど、ふと律子さんが灰人さんを好きだとヒロミさんが言っていたのを思い出したのだ。それは少なくともヒロミさんにはそう見えるほど、二人が親しい関係だったのは間違いないんだろうなって結構頻繁に感じてるせいだと思う。
 時々、七瀬さんほど頻繁じゃないけど律子さんはこの家に寄ってくれる。そんな時、律子さんはもちろん、灰人さんは普段から穏やかに微笑んでくれるけれど、律子さんと一緒だと心なしかいつもより楽しんでいるというか、とても気安そうにしてるように見えたから。きっと、灰人さんにとっても律子さんは『気の置けない人』なんだなって、思ったのだ。
 灰人さんはめったに出かけたりしない。役目が役目だから、当たり前と言えばそうなのかもしれないけど。でも、お母さんのお墓参りに出かけたりとか、昔はお父さんの様子もちょくちょく見に行っていたっていうし、まったく出かけちゃダメってわけじゃないんだろうし。少しぐらいお休み取ったって罰は当たらないはずだ。(瑞貴には言わないけど)年がら年中あんなワガママひねくれ男のお世話ばかりなんて気の毒だしもったいないと思ったのもあったし。
 われながらいいアイディアだと思ったから、あとは行動あるのみで。
 瑞貴に灰人さんが出かけても大丈夫なのを確認して、最初は灰人さんの誕生日を理由にこっそり律子さんにお願いして灰人さんと出かけてもらったら、思いがけず楽しんでくれたみたいだったから。なんだか嬉しくて、それ以来ついついことあるごとに「使ってもらえませんか?」と話をふるようになってしまった。
 実のところ、二人とも大好きな人たちだからこれで付き合ってくれるようになったらいいなぁと思っていたのも本当だ。だって、あたしから見ても二人ともとても仲が良くて、大人で。いつみても本当にお似合いに見えたから。
 だからこそ。身勝手な願望だって言うのは分かってたけど、一緒にいて欲しいなぁなんて思っていた。

きざし -- Side:花


「おかえりなさい――って、律子さん!?」
「こんにちはー花ちゃん。今日も映画のチケットありがとね」
 いつものような『デート』の日。珍しく灰人と連れ立ってやってきた律子の姿に、花は一瞬目を瞬いて。すぐに喜びに目を輝かせた。
「いえ! 楽しんでもらえたなら嬉しいです!」
 心からの素直な言葉と笑顔に、律子と灰人は思わずといった様子で頬を弛める。
「夕立に降られそうだからってね。急にお邪魔したんだけど良かった?」
「もちろんデス! あ、瑞貴はなんか本家の方に呼ばれてるので遅くなるかもですが」
「ううん、いいのよ。一言お礼言っときたかっただけだし」
 相変わらず忙しいのねと顔を見合わせて苦笑していると、いつの間にかリビングに入りいつものエプロンを着た灰人が、話し込む二人に声をかけた。
「律子、ついでだから夕食食べていくか?」
「え、いいの?」
 窺う様に振り向いた律子に、花も大きく頷く。
「もちろんです! 明日日曜日ですし、なんだったら泊まっていって下さっても――」
「そこまでは……」と流石に気が引けた様子で律子は困ったように眉を寄せたが、それを一掃するかのように灰人が告げる。
「その方が俺も送る手間がなくてありがたいけどな」
 灰人のその言葉に心が揺れたか、「そうね――」と律子はしばらく考えて相好を崩した。
「帰っても一人だし。じゃ、お言葉に甘えようかしら」
「大歓迎です!」
 ワーイ! と万歳して花は無邪気に喜び抱きつくと、抱きつかれた律子も姉のようにポンポンと抱きしめ返す。ついつい甘えてしまうのにも、こうして妹のように可愛がってもらえるし、大人でカッコいい人だから話したり一緒にいられるのはとても嬉しい。ウキウキしながらどんな話をしようかと、あれやこれやしたいことを考えて。ふと花は気付いた。
「あ、でも……こんなに急じゃ律子さん着替えなんて持ってきてないですよね」
「あら、そういえばその心配があったわね」
 言われて気づいたように、律子は目を瞬いて。花は「うーん」と困ったように眉を寄せる。
「あたしのじゃどう考えてもサイズ合わないですし、どこかお店で――」
 一緒に買いに行きましょう、と声をかけようとした花に、律子は不意に灰人のほうを振り返るとさえぎるように声をかけた。
「じゃあ灰人クン、適当にシャツかトレーナー貸してもらっていい? パジャマでもいいけど」
 それはごくごく自然というか、あたり前のように言われて。律子の言葉を受けた灰人も、特に驚いた様子もなくいとも簡単に首を縦に振った。
「ああ、別に構わない。適当に好きなのもっていけ。タンスの中の配置は変わってない」
 思わず点目になった花は驚きのあまり声も出ず、忙しく灰人と律子の顔を代わる代わる見遣るが、二人はそれに気付いた様子もなく、いたって普通に会話を続ける。
「了解。服は洗えばいいとしても……洗濯物、明日までに乾くかしら。近くにコインランドリーでもあればいいんだけど」
「心配しなくても乾燥機ならココにある。風呂に入るときかごに入れといてくれれば一緒に洗って朝には置いておくから、それでいいな。色落ちするものと、乾燥機がダメなものは別にしておけよ」
「はーい。乾燥機も完備ってさっすが当主様の家ね。じゃ、お願いしようかしら。まあ下着はどうしようもないし、買いに行ってくるわ。花ちゃん、どっか近くのお店まで案内してもらっていい?」
 そう言ってくるりと顔を向けられて、いまだ会話の内容についていけていなかった花は「え? ぇえ?」と目を白黒させる。
「あ、……あの」
「ん?」
 何かを聞きかねるようにもじもじとする花に気づいたように、律子は少しだけ首を傾げて「あ、そっか」と苦笑した。「そうね、普通はびっくりするわよね」とくすくすと笑って。
「昔からよく灰人クンからお古もらったり、パジャマ代わりに貸してもらったりしてたから慣れてるのよ」
だから気にしないで? とにっこり綺麗に笑われても。大体それにしたって、タンスの中のもの位置がわかる程って、一体どんな付き合いだったんだろう。
 なんとなく途方にくれた気分で、花は「はあ」と返すことしか出来ず。
 なんか、同じ幼馴染と言っても、自分と瑞貴では随分違うというか……明らかに何かが違うというか間違ってる気がする。
 表情に困りつつ、素直な花は思いっきり引きつった表情を浮かべて。とりあえずこのふたりは確かに兄妹だったんだと、花は妙な納得をした。

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*冒頭あまりにあまりな始まりだったので加筆修正で、きっちり話しに。
あまりに小ネタ過ぎてどうしようかというほどだったのですが。まさかコレが中編(?)連載になるとは、当初は夢にも思わず。反応してくださった方々に感謝を。

2008/03/21 初出 [ 出雲奏司 ]

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