永い……夢を見ていた気がする。 とこしえに思いつづけるという、その言葉を盾にした、限りない悪夢を。 結局、誰一人救うことかなわなかった。 自分に関係した者、いやそれどころかセレスティア、インフェリアに住む全ての者達。 バリル、娘……ネレイド…… ……そして、自分自身さえ。
「……?」 何かに呼ばれたような気がして、シゼルは目蓋を押し開いた。 視界に映るのは徐々に大きさを増す大地。 ネレイドが……自分が起こそうとしていたグランドフォール。 ぼんやりとしていた意識が、全身余す所なく襲いくる痛みと共にはっきりとしてくる。 そうだ。止められたのだ。自分は…… 過ちと知りつつも、自らの意思で止めることままらなかったあの状態から、あの者達が止めてくれたのだ。 複雑な思いが、彼女の中に去来する。これでよかったという安堵、結局傷つける以外何もなすことが出来なかったという悔恨。 ……しかし、その想いも全て終る。 静かに一度目を閉じかけて。 はっとして、再び空を凝視する。 (……グランドフォールが止まっていない――?) 仮にも晶霊技師なのだ。理由はすぐに思い当たった。 (――臨界点を突破したか……!) 間に合わないかもしれない。 一瞬、そんな思いがよぎり、すぐさま否定される。 いや、たとえそうであったとしても信じられる。 あの者達は不可能と思えた 「……っ……!」 不意に、息が詰まる。 伝わり来る、凄まじいまでの極光の力。 一つは、恐らく赤い髪の青年が放つ、彼女からネレイドを切り離した力。 そしてもう一つは、長年彼女を支配していたはずの力。 (どういうことだ!?) 何故、こんなに近く闇の極光の力を感じる? 自分以外にこの力が使える者など…… (!? まさか……!) この場で使えることが出来るとすれば…… 「メル……ディ……」 自分とバリルの娘。 ……大切な……しかし救うこと叶わなかった、自分のために全ての業を背負うこととなってしまった、娘。 「……っっ!!」 唐突に使用された声帯と肺が、堪えきれず悲鳴を上げた。口内に金臭い味が広がる。 ずっしりとした圧迫感で、体に無事な個所など残っていないことがはっきりと意識された。 しかし…… (行かねば……!) メルディの手には余る。あの力に、間違いなく喰われる。 (もう……2度と……渡しはせぬ!) 奇跡だった。 動くことさえ出来ないはずの体は、確かにその場に立ちあがった。 しかし、まだだ。 この奇跡を、これで終わらせるわけにはいかない。 ゆっくりと、足を地に擦りつけて進める。 一歩、 また一歩。 僅かでも立ち止まってしまえば、そこで終わってしまう。 慎重に、ただひたすら進む事だけに全神経を集中させる。 そんな危うい均衡の上で、僅かに、しかし確実に進む。 「ううううあああああああぁぁぁ……!!」 突如、叫び声が上がる。 (メルディ、の……!) そう意識したとたん、集中が途切れる。 瞬間、がくりと膝が折れた。 目の前に広がるのは白過ぎる石のオブジェばかり。 「メルディ!!」 悲鳴と同じ場所から、低い、悲痛な叫びが耳に届く。 気遣う者が……支える者がいるのなら、今暫し、保てるか。 (早く……せねばっ……!) 身じろぎもできぬまま、気持ちばかりが焦る。 滑らか過ぎる石の面。 視界を埋める色と見紛うほどに唇を噛み締めて。 ふっ、と。 急に、体が軽くなった。 (……! これは) メルディの制御しきれていない力の断片が、僅かづつ入りこんでいる。 これならば、いける。 力に支配されぬよう、きっ、と前を見据える。 意識を集中させると、自然と痛みが和らぎ、体が宙に浮いた。 伊達に、この力を何年も扱っていない。 (早く、メルディの元へ!) 前進しようとして、不意に意識の中に漆黒の闇が生じた。 長い間彼女の内に巣食っていたものの声が、底深くから浮上する。 ――醜く蠢きしものよ。 我が力を利用し今更何を求める? 「我が娘、生きる未来を」 ――深き悲しみに絶望し、形を疎いし者よ。 全てを無に帰すことを望んだのではないか? 「私が今望むものも、全てを無に帰す事もそれぞれ確率は2分の1。 私の命をもってするには、そしてお前にとっても悪くはない賭けであろう?」 ――賭け、とな。面白いことを言う。 「そうであろう? この互いの地を繋ぎ止める核を壊せば両者が関わりを無くすか、消失するかのどちらかだ」 ――………… 「そしてどちらにせよ、私はバテンカイトスの住人となろう? 不服か?」 ――……成る程。それがお前達の考えか。 好きにするがいい。 ネレイドの意思は沈み、音もなく霧散した。 |