凌霄花4  <プラチナガーデン <TOP



 届くはずがないと思っていたものがあった。
 名前を知ることができたことだけでも、思い出を得られただけでも
 それを反芻するだけで、十分だと思っていたときもあった。
 
 同じ読みを持つその『花』に手を伸ばすことさえ、躊躇っていたことが――あった。



  凌霄花 -- 華のある人生


「瑞貴ッ!」
 一体これで何度目だろうか。久しぶりにその花に手を伸ばそうとした瑞貴は、思いっきり名を呼ぶ声に苦笑しながら振り返った。
「なんだ、もう稽古事終わったのか?」
 カズラと。
 手を伸ばしたその花と同じ読みを持つ彼女の姿に瑞貴は目を細める。
 この2年ですっかり板についてきた和装を、だが本来求められる静々と歩くという作法を無視して振り乱して闊歩しかねないところは相変わらずだが。
「終わりましたとも! もー、そのうえこんなとこにいるし。探したんだよッ!」
「あーハイハイ悪かったな」
 七瀬さんとこで待ってるとか言ってたのにー! と憤る彼女の髪を軽くはらう。どうやらさっきまで華道の稽古事だったらしい。どこをどうやったら全身そこかしこに花びらやら植物の切れ端をくっつけてこられるのか疑問ではあるが。瑞貴は破顔する。
(まさか本家ここでコレを聞けるようになるなんてな)
 こうして天原の『本家』に居ながら花の声を聞き、笑うことができる日が来るとは。昔の自分ならどんなに頭をひっくり返したって想像できなかったことだ。
 だが、その全く想像していなかった今の現実はここにあって、終わらせると誓った『天原』にこうして当主としてとどまり、隣には花もいる。
 できすぎた夢のようにも思えるが、現実なのだからわからないものだ。
 ――『なんでもかんでも『一つだけ』なんて狭いこと考えてんじゃねえよ』
かつてそう言っていた江ノ本のジーさんの笑う声が、最近しばしば聞こえてきそうだと感じることが多い。
「……って、瑞貴ッ きーてる!?」
 叫ぶ花の声に、瑞貴は物思いから現実へと引き戻されるが、目の前で頬を膨らませる花の姿に思わず吹き出す。
「あーもうッ 笑うなー!」と花は地団太を踏んで。ふと目を上げて瑞貴の見ていた凌霄花を見て目を瞬いた。
「……アレ? この花ってさ、もしかしておじーちゃん家にもあったヤツ?」
見覚えがあるー、と今更気付いたようにしげしげと見つめる花に並んで、瑞貴は頷く。
「ああ、夏休みに来たとき見てるんじゃないか?」
「あ、やっぱりそうなんだー……ッて、何でこんなとこに?」
 決して観賞用に適さないと言うわけではないが、その花は機械的な均整の取れた天原の庭の中で、どこか野放図に伸びている。いくら当主の離れとはいえ明らかに脈絡なく生えているそれに、カズラは首を傾げて指を差す。
「まさか瑞貴が植えたとか?」
「……まーな」
「似合わなーい♪」と笑う花を小突いて、瑞貴は嘆息する。これでじーさんに頼んで株を分けてもらったなどといえば何を言われるか。だから代わりに、別のことを聞いてみる。
「お前の名前の"読み"の由来、なにか知ってるか?」
「へ? 読み? 花の名前ってゆーのは聞いたことあるけど……」
なして? と首をかしげている花の察しの悪さに呆れながらも、瑞貴は手を伸ばした。
「『凌霄花』だって、じーさんが言ってたんだよ。お前が生まれるって聞いたとき、これが咲いてたんだそーだ」
「へー……て、じゃあ、コレが『ノウゼンカズラ』っていうの!?」
「気付くのがおっせーよ」
 その花を持つ様に触れる瑞貴に倣うように、花も隣で手を伸ばしてしげしげと見つめる。
「……知らなかった」
「だろーな」
 呆然と呟いた花に頷く。
 たぶんそんな由来など関係なかったのだろうから。彼女には大切に思われてつけられたその事実こそが、重要だったのだから。
「でもそっか……この花だったんだ……なんかずるーい。瑞貴ばっか色々聞いてんじゃん」
「知るか。聞いてねーヤツが悪い」
「むー」
 いじける様に花をつついて、「でもアレだね」と花はくるくるとその指を回す。
「どっちにしても瑞貴がお花を見てるなんてガラじゃないよね」
 似合わないってゆーか。言ってキシシと笑う花に、はっと吐き捨てるように瑞貴は流す。
「失礼だな。少なくとも俺はおまえほど華道の師範を嘆かせた覚えはない」
 どーやったらあんなに妙な形に切り刻めるんだか、と嘆かわしげな吐息混じりに着物の裾についていた花の切りくずを持ち上げて、ご丁寧に花の手に渡してやる。大分払ったと思っていたが、まだ残っていたらしい。
「言ーうーなッ! あたしだって好きでやってんじゃないんだからッ! 大体さあ、あんな風に切っちゃったりしなくたって、こーやって自然に咲いてるのが一番じゃん!」
 無理に切っちゃわない方が絶対長持ちするしさ。
 完璧に子供じみた言い訳をするその言葉は、ひどく『らしい』もので瑞貴は笑う。
「まあ確かにおまえの言うとおり、この花には合わねーだろうけどな」
 年々高く伸び続けるその蔓に目を細めて見上げる。
「蔓が木やら支柱に絡み付いて空を凌ぐように高く登っていく様子からつけられた名前らしい」
「へぇー」
 どっかの誰かと同じだと思ったのは口には出さず一緒に眺める。放っておいたら何をしでかすかわからない、誰かのためにどこまでも高く遠く走り回って巻き込んでは、こっちは冷や冷やさせられてばかりだった。
 ……それは今でもある意味変わってはいないが。
 何か思うことでもあるのか、花はついと瑞貴を見上げた。
「ねー瑞貴、これってさ、いつから植えたの?」
「……さあな、ずいぶん前だ」
「あたしが記憶ないときもここにあった?」
「そうなるな」
「そっかそっか……じゃあ」
 一瞬眩しげに、目を細めて続きを告げる。
「あたしの由来はずっとここにあったワケだね」
 ――ずっと、瑞貴と一緒にいたんだね。
 臆面もなく告げてみせる。まったく人にあれこれという割りに、どっちが性質が悪いんだか。
 絶句する瑞貴に気にせずニコニコしたまま花は「んー」と伸びをして。
「前に一番最初八重様に呼ばれてきたときにね。あたしの花は『天原にあるどの花とも違う』とか何とか言われたんだだけどさ――」
 頬を掻いて瑞貴を見上げる。
「違ったね。瑞貴がずっと持ってた」
 イヒ、としてやったりとばかりに笑って。
「おばーちゃんのことにしても、あたしの知らないうちにそーなっちゃったのは、ちょっと悔しいけどさ」
ま、結果オーライってヤツ? そう彼女は笑いながら花びらに触れる。
「ちゃんとここまで来たもんね」
 さっすがあたし! と笑う彼女にその言葉ほどの自覚はないのだろうが。
「ホントによくこんなメンドーなとこまで上ろうと思ったもんだ。そういう意味でも似ているか、コレと」
 苦笑交じりで言えば、「そだねー」とのんきな声が相槌を打つ。
「瑞貴とか協力してくれる人たちがいなきゃここまで来なかったもんねー」
 絡まるつたを支える幹や支柱に触れて、しみじみとつぶやく花になんとなく不思議に思いながら聞く。
「そう、なのか?」
「当ったり前じゃん。望んでくれたり手伝ってくれたりする人たちがいなきゃ、こんなたっかいとこまで上ったりなんかできないし、してませんー!」
 きっぱりと断言して、花はまっすぐに瑞貴を見る。瑞貴は一瞬息を呑まれるようにして、やがて困ったように相好を緩ませた。
「……そうか」
「そーですよ」
 ねー♪ と凌霄花に頬を寄せながら花は笑う。
 絡みつくものがあるから伸びるのか、伸びたがることを知るからこそ、絡みつかれるものが伸びようとするのか――
 考えてみたこともなかったが、それは案外と卵とひよこの先を争うようなものなのかもしれない。
「……天原にある『コレ』はどこまで伸びるつもりだろうな?」
 多くの花をつけるその蔓を軽くはじいて、名の示す通り年々際限なく伸びようとするそれを見上げる。絡みつくものを置いていっても、本当に空を通り越して伸びかねないそれは――キミは、どこまで望むだろう?
「じゃあさ、とりあえずは目指せポジション八重様ってコトで」
 どーでしょ♪ とひどく楽しげに言う。
 『とりあえず』でそれとは。面白がって聞いてみる。
「最終目標は?」
「もちろん! 幸せじーさんばーさん!」
あったり前じゃんと跳ねる声を聞いて。
 ぴんと立ててこちらに突きつけられた人差し指を握る。
「のった」
「とーぜんッ! じゃ、瑞貴は当面ボスジジで♪」
 はじけるような笑顔につられるように笑いながら、額を合わせて。握った人差し指を、今度は拳ごと包んで握る。先走らないように、互いに一人抱え込まないように引き止めるように。
 それをくすぐったそうに花は見て、言う。
「大切なもの全部持って、一緒に行こうね」
 頷きあうのは、いつからか口に上るようになった合言葉。
 綺麗事だけで進められることばかりではないだろうし、そうとばかり言ってられないどうしようもないこともきっとこれから多くあるだろう。
 そんなまだまだ決して楽とばかりは言えない道の上、それでも望んだ幸せは間違いなくここにはある。寄り添うことで支えあい、上を目指すと決めたから。振り払えない温かで確かな重みを抱きながら、どこまでも高みに伸びようとするその手を握り返す。


 ――最初にその名を知りたいと望んだ『花』は。昔も今もそしてその先も、幾度でも咲き誇り寄り添い続ける。




* というわけで、とりあえずひとまずは『凌霄花』での連作は終了です。
もしかしたら番外でもう2,3作突っ込むかもしれませんが……(予定は未定)
『華のある人生』……凌霄花の花言葉です。最後はコレだと決めていたので。
とりあえず瑞貴の誕生日に合わせたかったので間に合ってよかった……!
本当に勢いだけで書いたので、色々見苦しい点やら、捏造やら読み難い点多いとは思いますが、
少しでもお楽しみいただけたら幸いです。

2007/6/8 [ 出雲 奏司 ]


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