差し込む光に瞼を持ち上げて見れば、吐く息がいつも以上に白い。 そう感じて窓の外を見やれば、シルヴァラントでは珍しい風景が広がっていた。 雪 --Never hidden. 積もるかしら? と今の旅をしている状況も忘れ、昨夜から子供のように目を輝かせていたアンナは、見渡す限り広がった雪景色に当然のことながらはしゃぎ、身支度もそこそこにそのまま外へと飛び出した。 「ねえねえ、ほら見て!」 すっごく綺麗! そう言って白銀の大地へ足跡を残していく。 「雪を見るのは初めてなのか?」 「小さいときに少しだけ降ったのは覚えてるんだけど、それ以来だわ」 「フ……そうか」 抑えきれずに跳ねる高い声に、自然と呆れとも笑みともつかないものが落ちて。 「あー! 今子どもっぽいって笑ったでしょ!!」 見てたんだからっ! と頬を膨らませる姿こそ間違いなく子供だと思うのだが。笑いを噛み殺しきれずにくつくつと喉を鳴らすと、もうっと拗ねたようにそっぽを向いて。ぶつぶつと「だって珍しいし、こんなに綺麗なんだもの」と言い訳するような声が届く。 確かに珍しいだろう。シルヴァラントでうっすらとはいえ積もるほどの雪を見るのは、自分ももしかしたら初めてなのかもしれない。 久しく見ていなかった白銀の世界。それは…… 「お前のようにはしゃぎはしないが、私も昔から雪景色は嫌いではないな」 ぽつりと口にすると、足元の雪に手を伸ばしていたアンナは目を丸くしてこちらを見上げた。 「貴方がそんなこと言うの、すごく珍しくない?」 「……そうか?」 「いつも色んなことを知ってて解説はしてくれるけど、自分の感想はなかなか言わないじゃない。その上『嫌いではない』だなんて」 だから雪なんて積もったのかしらと、半ば真剣に考え込むアンナに苦笑を洩らす。 「そんなに珍しいものだったか」 「ええ。どうして好きなの?」 何気なく問われ、少し考えるように腕を組む。 「……そうだな。全てを蔽い隠し美しく見せるからだろうか」 「……そうなの」 「アンナ?」 どことなく沈み込んだような声に名を呼ぶと、どこか不自然さを感じさせる笑顔が振り返った。 「……じゃあ、一つ問題」 すっ、と普段は包帯で隠されている、エクスフィアの埋め込まれた手を雪の中へと滑り込ませてそのまま持ち上げる。手の甲の上に積もる雪は全てを隠し、白一色。 「ねえ、この方がキレイ?」 冗談めかして問いかけられたそれは、しかし目までは笑っていなかった。白に覆われた手をこちらへ掲げて差し出してみせる。こちらを見上げる真っ直ぐな眼差し。そこに映る雪の白。 これでも、こうして突きつけられても同じことが言えるのかとまるで責めるように問われているような気分になり、意図するものをはかりかね、ただ沈黙する。 「……隠した方がキレイなら、どうしてわたし達はここにいるの?」 静かに、しかし僅かに震えた声でアンナは再度問うた。 この下にあるのは柔らかな肌と、鮮やかな輝きを宿しつつある蒼の宝玉。……瞳に映る白の向こうにある種々の色彩に気付き、唐突にアンナの問おうとしている事に気付く。 ――全てを覆い隠すのを美しいと評したら、一体自分達のしている事は何なのか。目を逸らせないと気付いたから、共に行こうと思ったはずであるのに。 真っ直ぐなはずなのに揺れる虹彩が胸をついて。答える言葉が見つからないまま、ただ首を振った。 目の前に掲げられた手を自らの手で包み込むようにして受け止め、その手に積もった雪を払う。 「……冷えるぞ」 「うん。少し冷たかった」 重ねた手の冷たさに顔をしかめてみせると、不自然に固められていた表情が溶けて、見慣れた笑顔が現れる。 雪を払った指の先に、僅かに水滴が手に残り、しかしすぐに滑り落ちる。振り払ったのは雪か、それとも無意識のうちに求めようとしていた逃げ場か。意識していないものまで見透かされたような思いにとらわれ、彼女には敵わないのだと再認識する。 もう一度、冷えてしまったアンナの手を握ろうと手を重ねて、先ほどまで隠れていたエクスフィアを撫でる。その瞬間びくりと握る手が震え、手の内から硬い感触が消える。驚き目を上げれば泣きそうな表情の瞳と出会う。 「ごめんなさい」と音もなく口がその形を取り、思わず微苦笑する。 自分から掲げて見せたはずであろうに。 「構わない……大丈夫だ」 ただそう言って、引かれた手をもう一度両手で包むようにとると、泣いているとも微笑みともつかない表情がこちらを見上げた。 彼女は、これを――エクスフィアを見せることを極端に嫌がる。……それが、自分を苦しめることがわかっているから。罪の証と、思わずにはいられなくなることを知っているため。 逃げることは許さず、それでも必要以上に傷つけることも厭う。優しすぎると思いつつも、同時にそれに救われていると感じている自分に胸中で苦笑を漏らす。 恐らくは、こうやって見続けるのだろう。幾度も目をそらそうとして、隠そうとして、ただ目の前にあるものが全てだと罪過から逃げ込みそうになる度に、どちらからともなく手を伸ばしてあるべき場所へと引き戻す。それは悲観でも自虐でもない。立ち返る度に後悔も痛みもあるが、それに溺れたりはしないのだと。それは二人の中にある暗黙の了解。 共有する温もりにただ安堵を感じて、確認するように吐息を交わして互いに微笑みあう。 「中に入ろう。体まで冷やすな」 「……そうね」 名残惜しそうに足元でさらさらと揺れる雪を一度見て。 「また見られるといいわね」 「そうだな」 惜しむようにゆっくりと足を運ぶアンナに付き合いながらその手を引く。 振り返り、白に染まった世界を見遣る。踏み出す先さえ見えず、ただ漠然と広がる大地。 二人分の足跡が残されたのを見て、静かに笑った。
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紆余曲折を経て、影丸さまに捧げさせていただいたものです。 2004.1.1 [ 出雲 奏司 ] |