むかしむかしあるところに、とてもなかのいい家族が暮らしていました。 これはそんな家族の、陽気な午後のおはなしです。 * お昼寝 --Lost Fairy tale. 「……ロイド?」 おや、とお父さんは首を傾げました。さっきまでお話をせがんでいた男の子は、お父さんの膝の上で背中を丸くして眠ってしまっているのです。お父さんが背中を預けている大きな耳とふさふさした毛並みをもつ動物――お父さんの相棒も、時折相槌を打つようにしっぽを振ったりクゥンと鳴いていましたが、今は男の子と同じようにすっかり頭を前足の上に置いて眠っています。 すーすーと聞こえてくる可愛らしい寝息にお父さんは困ったように、でも優しく笑って寝てしまった男の子をずり落ちないように支えました。 「ふふ。動けなくなっちゃったわね」 家事をしていたお母さんが近づいて、楽しそうに笑ってお父さんを覗きこみます。お父さんはお母さんの言葉に少しだけ肩をすくめて見せると、男の子を起こさないようにとても小さな声で呟きました。 「……つい最近まで泣いてばかりいたのをあやしていたのだと思っていたのだが……」 早いものだな、という言葉にお母さんは頷きます。 「こどもの成長は早いわ。一日一日がとっても充実しているけど、時間にすると本当にあっという間」 同じ柔らかな茶色の髪をなでなでしてお父さんと目を合わせると、お母さんはくすっと笑いました。 「どうかしたのか?」 「ううん。初めて会った頃のあなたを思い出して」 首を傾げたお父さんにお母さんはそう答えます。 「だってあの頃はこんな風にも笑うなんて思わなかったもの。いっつもこーんなかんじで」 『こーんなかんじ』というときに、お母さんはむすっとした表情を作って見せます。 「………………」 「もー、またそんな変な顔する。ロイドが見たら泣いちゃうわよ?」 おどけるみたいにお母さんはそういって、お父さんの眉間に少しだけ出来たしわを小突きます。 「うん。やっぱり難しい顔しているより、笑っている方がわたしは好きだわ」 「……難しい注文だな」 「そうかしら?」 やっぱり難しい顔をするお父さんにお母さんが笑うと、お父さんのお膝の上で男の子がくしゅんとくしゃみをしました。 お父さんと顔を見合わせて、慌ててお母さんは腕にかけていた毛布を広げました。眠ってしまっている男の子にかけようと、毛布を持ってきているのを忘れてしまっていたのです。 「ごめんね、ロイド」 男の子が起きないようにそおっとそおっとお母さんがかけると、お日様の光をいっぱい吸い込んでいた毛布からあったかいにおいとふわふわとしたぬくもりが広がりました。男の子は少しだけ身じろぎしてお父さんの服を握ると、安心したようににこりとして、また可愛らしくすーすーと寝息を立てます。 その様子をじっと見守っていたお父さんとお母さんは、やがてどちらともなく笑い出しました。 「本当に動けなくなっちゃったわね」 「まったくだ」 言葉ほど怒った様子もみせずに、お父さんは大きな手で少しだけずれた毛布を直します。 「わたしも一緒にお昼寝しようかしら」 気持ちよさそうに寝ている男の子を少しだけ羨ましそうに見て、お母さんはそういいました。 「ね、もっと動けなくしてもいい?」 そろそろと、でもしっかりと隣にかがんで、お母さんはお父さんを見上げます。 きれいな笑顔を浮かべるお母さんと、少し目を落としたところにある男の子の手にしっかり握られている服を見つめて。 「仕方が無いな」 お父さんは呆れたように息を吐いて――でも幸せそうに笑いました。 嬉しそうににっこり笑うお母さんに。ぎゅっと服を握る男の子に。お父さんは勝てないのです。 暫くして、そーっと加わった重みと心地よい温もりに、お父さんの相棒は大きな耳を揺らして首を持ち上げて、目を瞬かせました。でも微笑みながら寝ている家族を見つけると嬉しそうに目を細めて、また同じように前足の上に頭を下ろして目を閉じました。 それはぽかぽかあったかな 幸せな家族のおはなしです。
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「響きあうアンナ」様のTOP絵に触発され書いたもの。 絵の温もりが少しでも伝わっていれば幸いです。 2003.12.14 [ 出雲 奏司 ] |