星数え  <Tales of Symphonia <TOP



 時間を持て余す時に空を見上げるのは、昔からの習慣だった。
 そして夜空を見上げる時に星を数えるのは……――



 星数え --The Cynosure




 パタパタとしっかりとした質感の布が揺れるような音を聞きながら火の番をする。そして時折思い出したように空を見上げ星を数える。霞がかる遥かな昔からずっと変わらない習慣。
 傍らにいるノイシュはうとうとしているのかさかんに目を瞬かせている。今日も人一人……いや、齢一年満たない幼子とその母親を乗せてずっと歩いていたのだ、疲れているだろうことは簡単に察せられる。「休んでおけ」とねぎらうように鼻面を軽く叩くと、了解したように完全にその目を閉じる。
 目の端で定期的に揺れていた尻尾が一つの場所に落ち着いたのを確認したところで、今度は後方からそっと「クラトス」と呼ぶ柔らかい声が届いた。
「ふふ、こっちもようやく寝付いてくれたわ」
 炎の爆ぜる音が怖いのか、火の傍に行くと泣き出すロイドの為に少し離れた場所であやしていたアンナが、こちらへと近づいてほうと息をついた。息子に向けられるのは紛れも無い母親の微笑。それでも少しだけ疲れの見える表情をみつけて、僅かに顔をしかめる。
「もう遅い。お前も眠らなくて大丈夫なのか?」
 明日に響くぞと窘めるように言えば、返ってきたのは「平気よこのくらい」という気楽な返事。
 諦め交じりの微苦笑を浮かべて、敷いていた毛布を横に広げる。何を言っても聞かないどこか駄々っ子めいた部分があることは分かる程度には、もうお互いを知っていた。
 それでも「ちょっと寒くなっちゃった」と、身を寄せてきた肩に毛布をかけてやりながら思わずこぼす。
「全く……またいつ眠れなくなるのかわからないというのに」
「あら、今度はお父さんがあやしてくれるのよね?」
「……そうだな」
 どうも抱き方が悪いのか、それともアンナの言うように顔や雰囲気が怖いのだろうか。自分が腕に抱えると火がついたように激しく泣き、アンナが声をかけない限りは泣き止まないという前例を山ほど抱えてはいるが。
 答えるまでの僅かな間を読んだのか、それともあやす自分の姿を想像したためか。アンナがくすくすと笑って「一人で任せないから大丈夫よ」と言い添える。
 それもまた、ふに落ちないと言うか釈然としないものがあるのだが。そう言って渋面を浮かべると、今度はひとしきり肩を震わせて笑う。ようやく落ち着くと、完全にこちらの肩へ頭を預けてきた。
「ずっと空を見ていたけど、なにをしていたの?」
 少し眠たいのだろうか、ぼんやりとこちらを見上げてきた瞳に漠然と答える。
「……星を数えていた」
 旅の最中寝ずの番をするうちに自然と身に付いた、それは習性とでもいうのだろうか。気がつけば無意識のうちに数えるようになっていたのだと言えば、「クラトスらしいわ」と彼女は吐息をこぼして再び笑った。
「でも確かに気の長い作業よね。夜が明けるまでになんてとても数え切れそうにないもの」
 空を見上げて、目を細める。漆黒の空に、無造作に広げられた光の粒。数えるには多すぎ、そして数えようにもそのうちどこまで数えたのか見失ってしまいそうになる。とはいえ、本気で数えるつもりなど無いものではあるが。
 暫く二人、星空を眺めて。
「……ね。この途方もないくらい広い空の星を全て数えられたら、どんな願い事でも叶えられそうじゃない?」
 不意の言葉に目を瞬く。
 傍らに目を落とすと、空の星と炎の明かりを映した瞳が、きらきらといい事を思いついたというように輝いていて。
「だから、今日から二人で数えましょう。もう少し大きくなったら、ロイドも一緒に三人で」
 先の見えない旅路、全ての星を数えること。
 どちらにしても容易く叶うものでは無いことは互いに十分承知のこと。せめて、見えないその終わりを形ある有限のもので約束したかったのかもしれない。
「そうだな……」
 同意して頷く。嬉しそうに笑って、「早く大きくなって一緒に数えようねー?」と腕の中で眠る我が子に話しかける姿に知らず頬が緩む。
にわかに賑やかになったことで目が覚めたのか、仲間はずれにするなというようにノイシュが甘えるように「クゥーン」と鳴いて。






 パチリと大きく、炎の中で木が爆ぜた。





「……また、思い出してしまったか」
 口についた言葉を皮切りに、意識が本来の時へと引き戻される。
 記憶の中にあった傍らの温もりはなく、踏みしめる大地さえ、シルヴァラントではなくテセアラのものだ。
 暫く自分以外の者と共に旅をすることが続いていたためか、現実であるはずの認識の方に違和感を抱いてしまう。
 すぐには抜けきらない夢の残滓に、焼きが回ったものだと微苦笑と共に深く息を吐いて。仕方がないと言い訳するように胸中で呟いて、記憶を辿る。
 ……あれから、星の映る夜には寝る前に二人で星を数えていくようになった。時折ロイドも数える真似をして、でたらめに星を指さしてはきゃっきゃと笑って。決して楽な旅とはいえなかったが、心から幸せだと感じていた、得難い、一度は完全に失ったと思っていた時間。
 ……叶わなかった願いと共に、ついに数え切れることのなかった星と共にしまいこんでいた記憶。 
「……『全てを数えきるには、人生はあまりに短い』、か」
 かつて、眠ることを奪われた神子に言った言葉を思い出す。
 確かに短すぎた。彼女とは数えきることが出来なかった星。一度は見失い、再び無為に見上げ続けていた夜空。
(……だが……)
 記憶の中でしかもはや存在しないと思っていた温もりと希望は、僅かに形を変えて確かな形として現れた。時を超えて、知らず受け継がれていた想いを見つけて、だからこそもう一度果てない夢を見たいと願った。
 ミトスの目から隠れ、エターナルソードの剣を扱う為の指輪を作る。そしてそれを息子に渡し、この世界に生じてしまった歪みを正す助けをし、自らも裁きを受けようという……自嘲の笑みが零れてしまいそうになるほど途方も無い願いだ。
 ――それでも。
『この途方もないくらい広い空の星を全て数えられたら、どんな願い事でも叶えられそうじゃない?』
 鮮やか過ぎる記憶(こえ)が、温もりを伴って冷え切っていた体内をめぐる。
「そうだな……アンナ」
 色褪せることの無かった記憶に同意を示し、夜空を見上げる。
 少し前までは傷を抉るものでしかなり得なかったその記憶。それは鮮やかで幸せであればあるほどに、残酷なまでに痛みを残してきた。今でも痛みが無いわけではない。だが受け継がれた想いを見出した今、それは自らを奮い立たせる力となる。
 もう一度星を数える。眠れぬ長すぎる夜を過ごす為ではなく、今度こそ、願いを叶えるために。
 だから今は一人歩く。ただ一つ、一際強く輝くその星を目印に。
 ――星を、数えて。




-END-



「響きあうアンナ」様開設に狂喜乱舞して、お祝いと称して押し付けさせて頂いたものです。

2003.11.16 [ 出雲 奏司 ]

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