琴線



互いに互いを見極められない状況のまま、ピンと張りつめられていた糸。
少しでも触れれば崩れ落ちそうな脆ささえ見えたそれを、爪弾くなど思いもよらない。
それでも僅かずつ糸は震えた。
少しずつ奏でられる耳を覆う高音を。
耳障りな高音が和らぎ、糸が緩み始めたことに気付いたのは、一体いつからなのだろう。



零れ落ちる髪の音が気になり始めた。
気配を絶ち息を殺す場で、言葉を発する代わりにこちらを窺うように首を傾げる仕草。
その度に、さらさらと涼やかに髪の擦れる音が鳴る。
警鐘と共にあった、気にするにはあまりにささやかな音。
気がつけば何でもないときでさえ、その音を耳で追うようになっていた



爪弾かれ、少しずつ奏でられ始める鼓動の音に近づく低音。
それと共に少しずつ紡がれはじめる笑顔と言葉に、
安らぎすら感じるようになったのは一体いつの頃からか。

永く絡まり澱んでいたはずの糸が、ゆるゆると解けて流れ出す。
そして断ち切るだけではなく解く方法もあったのだと、そんな事に初めて思い至る。
縛られていたのではなく、自ら縛っていた戒めと共に、結ぶ余裕のある糸に気付く。



合わせることのなかった視線の糸が流れ、結ばれ絡まる。
差し出される手を躊躇わず結ぶようになったのは、今から遠くない場所で。



糸は紡がれ、引かれ、ひかれ、想い惹かれ。
無色の糸が色づいてゆく。
紡がれ、色付き、まわり続ける糸車。
織り成すものはどこまで続く









■あとがき■
・というわけで、企画「いい夫婦の日(11月22日)」作品の一時代替散文
私の頂いたお題は「糸」でした。お題聞いた瞬間思いついたのが「蜘蛛の糸」だったなんて……ねぇ(遠い目)流石にどうかと思って無理矢理辞めて、これらにしましたが。
・ハスミユイト様といっぷくほうし様の「いい夫婦の日」作品は『響きあうアンナ』様の方で展示されております。是非是非どうぞvv
2003.11.22 出雲 奏司


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