お題「糸」




つながったわっかが結ぶのは、一体どんなものでしょう


「おとーさん」
 ノイシュに預けていた荷物を下ろして労っていたところを呼ばれて振り向くと、小さな体と腕を目いっぱい伸ばした息子の姿。ぴょんぴょんと飛び跳ねて、盛んに手を空に向ける仕草に気付き、その小さな体を抱き上げる。
「どうした、ロイド」
「あのね、あのね、これとって」
と、顔の前に差し出されたのは小さな手の指に絡む糸。
「糸が絡まったのか?」
「おとうさんのばんだよっ!」
答えになっていない言葉に目を瞬くと、にこにこと笑って両手を差し出す。
 とりあえず糸を取った方がいいのだろうと判断して抱き上げた片腕に支えなおし、空いた方の手でそのぷくぷくとした手に絡まる糸を摘もうとすると、「だめー!」とロイドはぷくりと頬を膨らませた。
「この糸を取るのではないのか?」
「うん」
こくんと頷くロイドにいよいよ困って手を彷徨わせて。しばらく悩んで今度は質問を変えてみる。
「何をつくってるんだ?」
「『アヤトリ』おかあさんがおしえてくれたの」
「あやとり……ああ」
なるほど、とその言葉を口の中で反芻してようやく合点がいく。そういえば、そんな遊びもあったような気もする。よくよく見てみれば、しっかりとした手つきではないが、指に引っかかっている糸も無造作に絡まっているわけではない。確か、『川』という形だったか……やった事はないので確信は持てなかったが。
「のいしゅにね、しよっていったらね、くずれちゃった」
 ね? と今は抱き上げられて同じ眼の高さにあるノイシュに話しかける。クゥンと申し訳なさそうに首を縮めてしまったノイシュを見て、苦笑交じりに息子の頭に手を乗せる。
「ノイシュはロイドほど上手に手を使えないからな」
無理を言ってはいけない、といい含めると、「うん」と手を乗せたままの頭をそのままに腕の中で素直に頷く。聞き分けのいい息子に満足の笑みを浮かべたが、それは長く続かなかった。 
「じゃあ、やっぱりおとうさんのばんだね!」
 はい、と再度向けられた手のひらと笑顔に顔の筋肉が一部引き攣る。あやとりの存在を知ってはいても、実際にやった事はないのだ。当然、やり方など分かりようもない。しかし期待を込めた目で見上げられて、どうしようかと躊躇って。
「……お父さんは今手が使えないからお母さんにしてもらうといい」
「うん……」
 苦悩の末結局苦しい逃げに入ると、まるで風船がしぼむようにはしゃいでいたロイドの勢いが消えてしまった。目に見えて残念そうにするロイドに、慌てて話題を変えてみる。
「お母さんは今何をしている?」
「ごはんつくるっていってたよ!」
はんばーぐつくるって! と好物を思い浮かべてすぐさまニコニコと笑顔になったロイドに内心でほっとして。
 では夕食が入るようにノイシュと一緒に散歩に行くかと、そのまま連れ立ってその場は収めた。




*          *          *



「……で、あやとりのやり方がわからなかったのね」
 昼間のロイドとのやり取りを話すと、アンナは「なんだか意外」とくすくすと笑った。
「やった事がないのだから仕方なかろう……」
 溜息混じりに言い訳じみた言葉を返して自分でも苦笑する。長い時を生きてきても、知り得ないものは随分と見つかるものだ。
「でもあの子、本当に手先が器用なのね」
 一回だけ教えただけなのに、と軽く驚きを示す。
「一般的にはあやとりのできる子は少ないはずなんだけど」
「わたしに似たのかしら?」と茶目っ気たっぷりにくすくす笑いながら自分を指すアンナに、冗談交じりで純粋な疑問をあげてみせる。
「……よく針で指を刺していた気がするが?」
「今日村の人が言ってたんだけど、今年はトマトの出来がいいそうよ」
ねえ、何のトマト料理がいい? としっかり邪気を含んだ笑顔が返ってきた。あまり冗談に聞こえる気がせず、明後日の方向を見て軽く咳払いする。……無理をして食べられないわけではないが、可能な限り遠慮したいものではある。
 反応に満足したのか「冗談よ」とアンナ笑って、ようやく本題であった長い糸をその手にかけた。
 はじめに作ったのは、昼見たのと同じもの。
「これ持っててくれる?」
「その真ん中の方の糸を小指で交差させるみたいにして取るの」
「同じものでも何通りか取り方があるのよ」
 言われる言葉に頷きつつ、細い指のうえでくるくると形を変えていく糸に、よくこれだけのものを記憶し繰ることができるものだと感心すると、「慣れれば手が覚えちゃうのよ」と返事が返る。
「でも、本当はね。取り方なんて関係ないのよ。決められた取り方だときれいに続けられるけど、それだけだもの」
 最初はみんなきちんととるんだけど、飽きちゃうのよ。
「それでもまた続けるのか?」
 理解が追いつかず疑問を口にすると、うーんと困ったようにアンナは上手くいえないんだけどと手を頬にあてた。
「糸を取ってくれる手がある方が、とても楽しくて嬉しいのよ。こういう風に作るのももちろん楽しいし、達成感だってあるけど、やっぱり誰かに見てもらって、それですごいねって言ってもらえるのが嬉しいからっていうのもあると思うの」
「それは子供が、か?」
「子供は特にそうでしょうね。大人でもいえないかしら?」
 少なくとも私はそんな風に思ってたから。
「それでみんなで色んな取りかたをして遊べるなら、もっと楽しいと思わない?」
 どんな取り方をするのか予想できないんだから。
 そう言ってくすくすと笑うと、アンナは何かを思いついたように不意にぽんと手を打った。
「ロイド、おいで」
 ノイシュとじゃれていたロイドを手招きすると、
「なあに?」
パタパタと走りよって来たロイドに長い輪にした毛糸を見せて。
「あやとりしましょうか」
その言葉にぱっと顔を輝かせて、ロイドは勢いよく首をたてに振る。
「うん! おとうさんもいっしょにする?」
「お父さんにやり方知らないから、一緒に教えてあげようねー」
ロイドが先生よ。と片目を瞑って見せたのは、一体自分にかロイドになのか。
「『百聞は一見にしかず』ってね」
「はい! おとうさんのばんだよ!」
 すぐさま差し出したされた小さな手に絡むのは、見たことのない形の図形。
 これではむしろ「習うより慣れろ」ではないだろうかと苦笑しつつ、 楽しそうな家族の姿にまあいいかと手を伸ばした。


 さあ、どうやってとって遊ぼうか。







■あとがき■
・というわけで、ハスミユイトさんといっぷくほうしさんと絵茶をさせていただいたときに上がりました企画「いい夫婦の日(11月22日)」祭り用作品なのですが……もう本当にお詫びの言葉しか。申し訳ありません。
 身代わりを立てて一応見られる程度に(?)は書き直してみましたが、正直雑文以下です(初回UP時は論外で)未だに自分で何が書きたいのか掴みきれていません……
納得行くものになるまで保留しようかとも思いましたが、これ以上自己満足で留める訳にもいかないとふっきり再UP。
 足りないものを思いつき次第書き直します。

2003.11.22(27) 出雲 奏司


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