日常風景  <Tales of Rebirth <TOP


「……ヒルダ」
「え?」
 所有している『樹』のフォルスのせいばかりではなく、常に頭に花が咲いているような男のいつになく真面目な声に、ヒルダは単純な言葉をあげて驚いて振り返った。
「何? 似合わない声……っ!?」
 次の瞬間いきなり腕をつかまれて、いつものように皮肉の一つもと開きかけた口は、不覚にも固まってしまう。
「よっと」
 いかにも軽くという風に発せられた声が聞こえた瞬間、気がついたら足は空をかいていた。



  日常風景 -- daily sketch


 あっけに取られて声が出ない。

 別に、何も取り立てて特別と言えることもなく、いつものように次の街へ向かっていたはずだった。
 いつものように向かってくるバイラスを退けながら、他愛のない雑談なりをして。ついさっきまで、この男とも、いつものように軽口の応酬をしただけだったはずだ。そう、何も変わったことはない。いつものように振舞っていた、はずなのに。
 ……なのに、何で自分はティトレイの肩の上に、まるで荷物のように担がれているのだろう。
「な……な、なに……」
「あ、ヒルダいいなー! 僕もしたいナー♪」
 ようやく漏れたヒルダ呟きは隣で歩いていたマオの歓声に、簡単に掻き消されてしまう。
「おー、マオはまたやってるからなー。つーか、オマエ軽いなぁ。ホントにオレの作る飯食ってんのか?」
 こっちは丸無視したそののんきな声に、どこかがぷつんと音を立てて切れる。
「……って! 何で私がいきなり担がれてそんなこと言われなきゃいけないのよ! 降ろさないと本気でぶつわよ!?」
 口にしたとたん、怒りが沸々と湧いてきて。ヒルダは動きにくい体勢ながらも片手を振り上げて、自分を抱えるぼさぼさの頭をぴしりと叩いた。いつもなら派手な悲鳴の一つも上がるはずだが、多少顔をしかめた程度で、ティトレイは動じることなくつかつかと足を進める。
「足ケガしてるヤツが何言ってんだよ。いつもほど力が入ってねぇぞー」
「……っ!」
図星を指されて、思わず動きが止まる。自然と足に響くことをかばって確かに多少は遠慮した節はあったかもしれないと思いつつ。からからと笑うのに合わせて無造作に伸びた新緑が目の前で揺れて。一斉に自分とティトレイに仲間の視線が集中するのをかんじて、思わずヒルダは言葉を詰まらせた。
「……怪我をしていたのか?」
「あ! もしかしてさっきの戦闘でボクを突き飛ばした後! あの時でしょ!!」
痛そうだったもん! とマオがハイハイっ! と手を上げれば、「そーそー」とティトレイは肯定して。
「つーワケだ。アニー、看てやってくれや」
「何勝手に話を……!」
「ヒルダさん!」
 思わず遮ろうとあげた声は、更に鋭い声に遮られてしまう。声の方向へ苦労しながら首を向ける回すと、まだ少女の面差しながら厳しい『医師』としての表情を浮かべたアニーが琥珀色の瞳を向けていた。
「診せて下さい」
「…………」
 言葉こそ依頼の形ではあるが、拒否することは断固として許さない声音。こうなったら、アニーはなんとしても診ようとするだろう。容易にそれは想像できて、思わず溜息を漏らす。それでなくても、この少女の気遣う目に弱い自分を自覚していると言うのに、どうして逆らうことができるだろう。
「わかったわ……」
 観念して「降ろして」と告げれば、待ってましたと言わんばかりに傍らにあった岩場へと腰掛けさせられる。
「アニー、どう?」
「どうだ?」
 次々に降る声に、アニーは一通りの状況を見て難しい表情を見せる。
「少し、酷いです。少なくとも私の陣術ではすぐには……今は応急処置をして後は街についてから、ですね。幸い、街はもうすぐそこですし」
 何か短いものでいいですから添え木になりそうなものを探して下さい。てきぱきと指示する言葉に、ユージーンが担いでいた道具袋を下ろした。その中をマオと二人覗き込んで探しているのを横目に、アニーは湿布と包帯を取り出し、手際よく患部に当てていく。
「なぜ言わなかった」
 上から降ってくるのは、責める調子にも聞こえる無愛想なヴェイグの声か。だが、顔を上げてそのアイスブルーを見れば、いつもの仏頂面の中にも案じているのがわかる。
 ヒルダは気まずさを感じて、目をそらす。
「騒ぐほどのものじゃなかったもの。耐えられる程度は怪我のうちに入らないわよ」
 嘘ではない。そう思っていたし、町に着いてから手当てはするつもりだった。実際あの男が気付かなければ、そうなっていたはずだ。
「ヒルダさん! 酷くなってからじゃ遅いんですよっ」
 アニーの絶叫になりかかった悲鳴が、患部に響くような気がして。手当てに伏せられていた琥珀の瞳がこちらを見上げ、心なしか潤んでいるのに、ヒルダはひどい罪悪感に襲われる。
 そらした目の先で大きな影が傍らに落ちる。適当なものが見つかったらしい。何かを受け取りお礼を言うアニーの声を遠くに聞きながら、それは聞こえた。
「……ヒルダ。もう少し、状況を考えたほうがいい」
 名を呼んだのは、ヴェイグよりさらに深く響く重低音。咎めるようではなく、ただ諭すように発せられたのだと感じられるのは、年季の違いか。アニーよりも明度の高い色の瞳はいつもより細められている。
 そうやって静かに反省を促すゆージーンにそっと溜息を吐いて、ヒルダは素直に頷く。自分だって、アニーを苛めたいわけでも好き好んで無理をしたいわけでもないのだ。
「……分かった。これからは気をつけるようにするわ」
「わー、珍しくスナオー」
「……マオ、後で覚えときなさい」
「えー!? やだやだ! すぐ忘れるもんねー!!」
「自業自得だな」
 軽快に進む軽口の応酬に、泣き出しそうに歪んでいたアニーの表情は笑顔になる。その間も、治療を行う手は手際よく動いて。程なく終わりを告げると同時にぽん、と振動を与えない程度に触れた。一息ついたアニーがこちらを見上げて続ける。
「これでゆっくりなら歩いても大丈夫です。もう、無理はしないで下さいね」
「ええ。……ありがとう、アニー」
 念を押す言葉に頷いてヒルダが礼を言えば、それを待っていたように周囲をうかがっていたヴェイグが口を開く。
「……そろそろ向かおう。バイラスが嗅ぎ付けて寄ってきはじめている」
「うむ」
「おっしゃ! 次の街まで目と鼻の先だ。急ごうぜ!!」
「……って、ちょっと!!」
 ふと、気付けば再び無造作にティトレイの肩に抱えられたヒルダは叫び声を上げる。
「なんだー? 足痛めてるのは変わりねーだろ」
「でも歩けるわよ! 大体前線で一番攻撃力の低いやつが何言ってるのよ」
「や、まぁ確かにそれは認めるけどよー。それがイコール力が弱いって訳じゃなかったりするんだな、これが」
 それに助太刀するように、ユージーンが頷く。
「ティトレイは俺やヴェイグと違い、軽量な武器による身軽さを生かしたものだからな。武器の威力に頼らずにここまで来ているという意味では、純粋な腕力はティトレイのほうが強いと考えてもいいだろう」
「へー、実は結構すごいんだネ」
「おうよ! もっと褒めていいぜっ!! つっても、さすがにユージーンには負けるけどな」
 なにやら話がそれている。うやむやのまま抱えられている自分に気づき、ヒルダは思いっきり頭をはたく。今度はきっちり狙いをつけて。
「とにかく降ろしなさい! もう歩けるって言ったでしょ!?」
 イライラと叫ぶと、対照的にのんびりとした返事。
「さっき急ぐって言ったから無理に決まってるだろ。大人しくしとけって。つーワケで露払いよろしくな!」
「ああ」
「まっかせといて! ヒルダの分も唱えちゃうヨ!!」
「ティトレイさん、お願いしますね」
 ヴェイグはいつもの無表情、マオはいつものように親指を立てて片目を閉じて、アニーはぺこりと頭を下げる。
「じゃヒルダ、落とされないように気をつけてーっ♪」
 ヒルダが口を挟むまもなく、そこまであっという間に話がついて。呆然とするヒルダの肩を叩き最後尾についていたユージーンが通り過ぎた。心なしか面白がられている気がする。ヴェイグもあまり表情は変わっていないが。言われたわけでもなく、雰囲気でそう感じられるだけだが。
「…………」
なんとなく釈然とせず無言でヒルダが顔を顰めると、元凶であるところの男ののんきな声が上がる。
「安心しろって、街の中に入ったら下ろしてやっから」
 街の中まで急ぐ必要はないから、ということらしい。
「そうじゃなくて」
 痛む頭を抱え込みそうになりながら口を開けば、遮るように「それに」と告げられる。
「疲れてるアニーに無理させたくなかったんだろ?」
「何で……それ」
 さらっと言われた言葉にヒルダは反射的に答えて。慌てて口を閉じたがもう遅い。
やっぱりなー、とからからと笑うこの男は、本当に掴めない。
「だったら余計に心配かけんなって。ほら、見てるぜ」
 目線だけで示された方向を見れば、言葉のとおりちらちらと心配そうにこちらを伺っているアニーの姿。戸惑いとくすぐったさを感じながら『大丈夫よ』と口の形で伝えて少しだけ笑うと、ようやく安心したように前を見た。
 いったい、どこからどこまで気付いているのやら。驚くほど仲間をよく見ている。満足そうに、機嫌よく鼻歌でも歌いそうだ。
「ほんと、アンタって……」
「ん? 『いい男』ってか? いやー照れるぜ」
 無意識にこぼれていた言葉に、一人勝手に盛り上がっている。本当にほめるべきか、呆れればいいのか。とりあえず、同意してやるのは癪だったから言葉を選んで答える。
「……訳のわかんない変態」
「うわっ、ヒデェ! あー、なんか急に肩重くなってきた。オマエ太ってんじゃねーか?」
「ブツわよ」
「オネーさまー。ぶつって言うよかなんかカードがちょっぴり首に刺さってる気がするんですが……どけてくれると嬉しかったりするんだけどなー……」
「文句があるなら無駄口ばっかり叩かずに、とっとと足を動かしなさい。遅れてるわよ」
「へーい」
 なにやら文句がありそうに口の中でぶつぶつ言いながらも、足取りはしっかりしている。
 大体普通運ぶって言ったら横抱きとか背負うとか色々あるだろうに。まったく、これじゃ呪文も唱えられもしない。
 実際そこまで考えているわけじゃないんだろうけど。認めたくはないけれど、まったく、たいした男だ。
「……ほんっと、ムードのない男」
「ん? どーしたぁ?」
「なんでもないわよ」
「そーかぁ? あ、暇なら花でも咲かせてやろうか?」
「なに? 足跡の数だけ花咲かせてくの?」
「お、そりゃいいな! 街につく頃には綺麗に花の線ができるって訳だ」
 想像してヒルダは脱力する。本当に、おめでたいというかなんと言うか。
「……で、そうやってバイラスに道標でも作ってやるつもり?」
「夢がねーなぁ。せめて旅人の目の保養ってぐらい言ってくれよ」
 聞こえてくる調子のいい声も応酬も、それほど不快でもないことに気づいて。ヒルダは諦めて力を抜いた。
「どっちにしてもいいわ。アンタの頭に咲いてる花で十分よ」
「怪我してても相変わらずいうことキッツイなぁオマエ……」
 がっくりと頭を落としたものの、担ぎ上げられるヒルダにはさほど振動はない。なんだかんだと言いながら、気遣うことを忘れないのだ、先を行く決して仲がいいばかりではない『仲間』もこの男も。思いがけないひろいものに、ヒルダは小さく息を吐いた。
「……ほんと、馬鹿だわ」
 ポツリとこぼれた言葉。それは、この男にかそれとも自分自身か。
 ヒルダは苦笑になりきれなかった微笑を浮かべた。


 当たり前ではないけれど、それもまた一つの日常になっていることを認めながら。




-END-


*Blogの雑文から再録。なんとなく、最初にバルカへ向かってる時期の話かなーと(メンツ的に)
TORはこんな何気ない日常風景を書きたくなります。多分シリーズの中でも一番家族っぽいからかな?(役割的に)
ティトレイはイイ男だと思いますよ。バカだけど(笑)<褒め言葉

2007/11/27 [ 出雲 奏司 ]
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