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 『この手』を伸ばしたら、全てが掴めると思っていた。


  手を伸ばす -- 掌上の雪華


 なし崩し的に慣れぬ体で慣れぬ旅に伴うことになって。幾度目かの国境となる橋を越えて踏み入れたその土地では、空から白いものが降ってきていた。知識としては知っていた、それは雪。島の周囲を高い山で覆われ、年中霧に包まれたバルカでは、決して見ることのないもの。
 物珍しさに顔を上げて、両手の平を上向けて前に出してみた。空一面を白に染め上げているそれは、小さな手の平の上にも平等に降り落ちて。体毛のない肌に直接触れたそれは、その冷たさを十分すぎるほどに伝えてくる。体温の調節する機能を持たない身体が、反射的に身震いをする。何もかも、覚えのない、感覚。
「何をしているんだ? クレア」
 離れてしまっている、と隣で声がかかる。一瞬だけ遅れて、それが自分を呼んでいることに気付いて。ようやく耳に馴染み始めたその低い声のほうに振り返った。見つけるのは、いつも決まって彼――ヴェイグの姿だ。
 彼に対して抱く様々な感情によって染み付いてしまった反射で緊張が走るのを自覚しながらも、「クレアらしさ」を意識しながら口を開く。
「え……と、……雪を、見ていた……の」
「……雪? そんな足を止めて見るほど珍しいものではないだろう」
 雪と同化してしまいそうな白銀の髪を揺らして、彼が不思議そうに首を傾げる。その仕草に、自分の失言に気付いて、とっさに手を胸の前で組む。
「……そ、そう……ね」
 ああ、そうだ。確か、この身体になって最初に目覚めた彼らの故郷は、『白峰の村』と称される場所。雪国の出身には違いないのだ。
 どうやって誤魔化そうかと言い訳を見つけるよりも先に、彼が口を開く。
「だが……形は、違うな」
「……え?」
「ここの雪は、結晶になっていない。不規則と言うか……綿帽子みたいだ」
「スールズでは、規則的な形をしていた、の?」
 話題がそれてくれた事に、少しだけ安堵して。思わず目を瞬いてそう尋ねると、同じように手の平で雪を受けていた彼が目をこちらに向けて頷く。
「ああ。とても小さくてよく見ないと分からないが、六角形の花のようだと……最初におまえが見つけてオレにそう言わなかったか?」
「あ……うん。そう……そう、だった、わね」
 疑念に揺れるアイスブルーの瞳が怖くて。口早にそう言って目をそらす。何かを問いたげに、彼はかすかに唇を震わせて。でも、それはいつものように無言の内に振り払われたようだった。
 代わりに、濃紺のグローブに包まれた手が目の前に差し出される。
「……冷える。先を、急ごう」
「……ええ」
 差し出された手に、迷いながらも恐る恐る手を伸ばす。握られて包まれた温もりに、お互いの手のひらに僅かに残っていた雪が溶けて滑り落ちる。
 この優しさや温もりは、『この身体』が受けるべきもの。でもそれは決して『わたくし』が受けていいものではない。
 握り返す事なんて、出来なくて。でも、拒絶する事も出来ない。
 痛いほどに感じてきた、感じる、彼が『クレア』に向ける過剰な、執着ともいえる慈しみ。
 でもそれも真実へと手を伸ばせば、さっきの雪のようにきっと簡単に溶けてしまうだろう。この形ばかりの温もりさえも、何もかも失って……
(そうなれば、わたくしは……)
 恐怖とも、痛みともつかないものが、音もなく、でも確実に胸を押し潰す。『根雪』とよばれるもののように、それは消えることなく確かな重みを持って降り積もっていく。 それなのに、この手で望み握るものは全て、零れ落ちてしまう。


 カレギア城で伸ばしたはずの右手は振り払われてしまって。
 まるで代わりのように、似ているけれど違う手が差し伸べられている。

 零れ落ちる時を恐れながら、わたくしは、雪上の楼閣に手を伸ばし続けている。




-END-



*雑文置き場の時から、ちょこっとだけ改稿。

2005.4.6 [ 出雲 奏司 ]

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