織り成す想いに  <Tales of Etarnia <TOP

初めて出会った時から驚かされてばかりだった。
その文化の違いから(そればかりでもなかったが)くる突飛な行動。
徐々に明らかになった、その小さな肩に背負わされていた過酷な運命。
そして一緒に生活をするようになってから、ふとした時に見せる大人びた表情とか笑顔の可愛さだとか……
 しかし。
その中でもこれが一番じゃないだろうか。



  織り成す想いに -- it's a baby.



「ただいま」
 一日の仕事を終えて帰宅すると、パタパタと軽い足音がやってくる。
「おかえりな! キールッ」
 妙に弾んだ声がかかると同時、薄紫が視界を覆い体の自由が奪われる。
「メルディっ!」
いきなり抱きついてきたメルディをよろけつつもなんとか受けとめて、キールはほっと息を吐いた。
 出会った当初に比べれば大抵の行動には大分慣れてきてはいるが、それでも帰宅するなりこんなことをするのは珍しい。顔が意思とは無関係に熱を帯びてきてしまうのは仕方がない。……と思う。ごまかすように一度小さく咳払いして、キールは腕の中の少女に声をかける。
「どうしたんだよ。それにいきなりこういうことするのはやめろって……」
「キールっ! あのな!」
 彼の言葉をまったく聞いた様子もなく、メルディはそのまま顔を上げてうきうきと口を開いた。
「あのな! 赤ちゃんできたって!!」
 どこか顔をうっすらと紅潮させてこちらを見つめている。可愛らしい表情に思わず理性が飛んでいきそうになりかけて。
 はたと、キールの時間が止まった。
「……は?」
 可愛らしい薄紅の唇から放たれた言葉に、目が点となる。
「だから! 赤ちゃんができたな!」
 聞き返したことに少しだけむっとしたように頬を膨らませた表情も可愛らしいな……
(じゃなくてっっ!!)
 うっかり現実逃避(?)に走りそうになる頭にキールは無理矢理、先ほど口にされた言葉を叩き込んで、可能性のある言葉の意味の解析をさせる。とはいえ、メルディの使う言葉に、そう深く難解な言葉があろうはずもなく、そしてそれは同時にキールに僅かの猶予を与えることは不可能という意味で……
「子どもが出来たああああぁぁぁぁぁあぁ!?!?!?!」
「はいな! 家族ふえるよ。ウレシイな〜♪」
 声がひっくり返るほどのキールの絶叫を気にした様子もなく、メルディは無邪気に抱きついて上機嫌で答える。
 一方のキールは、完全に時間が止まった。
(ちょっと待て確かにメルディとは2年以上も同じ屋根の下で暮らしているし一応恋人同士と呼ばれている中ではあるがだがしかしキスだって本当に数える程度しかしていないんだぞ!? いや落ち着け、落ちつくんだキール・ツァイベル! 冷静に考えるんだ。しかしそうなるともしかしてついうっかり酔った勢いでとか言う可能性もなきにしもあらずっていや無意識の内にって、……そんなあああああああぁぁぁぁぁぁ……いや落ち着け、落ちつくんだキール・ツァイベル!(以下略))
 最早普段の論理的思考回路などオルバースの彼方に吹っ飛んでしまって、自分でなにを考えているのか分かっていない。
 滝のように全身から冷や汗が流れ始め、白い顔は赤に染まり青へと変わり、果てには死人がごとく蝋を欺く白となる。
「キール、だいじょうぶか? 顔色悪いよ」
 さすがのメルディも様子がおかしいことに気がついたのだろう。不安そうな表情でおずおずとキールの体に回していた腕を解く。しかしそれでもキールはぶつぶつとした呟きを止めないまま、俯いている。
 それはよくキールが大好きな『お勉強のこと』に熱中している時に多い(今は違うが)ということを熟知しているメルディは、耳元に顔を持っていくと思いっきり息を吸い込んで。
「キールっ!!」
「うわあ!!」
 びくりと大げさに飛び上がり、また距離の近さにそのままよろけた勢いで、ぶつかるようにキールは壁に縋りついた。
「どうしたか? キール真っ青」
 離れて一度距離を置いてみたものの、メルディは関係無しにぐいと近付いてくる。覗き込むほどに近付く頃には、今度は顔が赤くなるのを自覚して。それを隠すように顔に手を当てて頭を抱えると、メルディには困ったように見えたのだろう。
「……赤ちゃん、そんなに産んじゃダメか?」
 最初の勢いがなくなり急に不安そうに声がゆれて。潤んだ瞳とともにキールの聴覚と視覚とを責めるように打ちつける。
 やばいとか、そういったほとんど反射的にも近い勢いで勢いよくキールは首を振った。
「そ、そんなことはっ……!!」
「ワイール!! よかったよぅ。ありがとな!!」
 再びぎゅーっと擬音語のつきそうな勢いでキールに抱きつき、メルディは満面の笑みをその顔に浮かべて。
 くるり。
 肩口に張り付いたクィッキーへと顔を向けた。
「よかったな〜♪ クィッキー」
「クィ、クィッキー!」
「…………………………え?」
 ふと、二人(正確には一人と一匹)のその仕草に違和感を覚えて。キールは一つの可能性に思い至る。
 まさか……
「おい、もしかして赤ちゃんってクィッキーとポットの……」
「はいな! さっきからそう言ってたよ?」
 きょとんと目を瞬かせるメルディの姿に、キールは倒れこむようにその場に突っ伏した。

   *    *    *

 トポトポと心地よいお茶が注がれていく音を聞きながら、キールはゆっくりと息を吐いた。
「つまり、ポットのお腹の中に子供がいるってことか」
 確認するように言ったキールに、メルディは「そだよー」とにこにこ笑った。
「最近ポットがとても動きにくそうなって、気になって。お願いしてな、お医者さん診てもらったよ」
 ようやく落ち着いて食卓に付き夕食をとりながら、メルディは「な?」と机の上で大人しく座るポット――ここで暮らし始めて一年くらい経ってから一緒に暮らしはじめたポットラビッチヌスでメルディいわく『クィッキーのツレアイ』――に声をかけた。その隣には、クィッキーが寄り添うように並んでいる。
「……そういえば……」
 確かに。言われてみれば前ほど飛び回ったり、派手な出迎え――足元でうろちょろしたり、二匹同時に頭や顔に張り付いてきたり――はなかったような気がする。といっても、メルディのように一日中一緒にいるわけでもないからと、キールは気にも留めていなかったが。
「クィッキーもなんだかとても忙しそう、してたから。病気が心配だったな」
 でも心配していたら病気どころか子供ができたと言うことなのだから、メルディにとっては喜びもひとしおだったのだろう。
「だからウレシくって、つい抱きついちゃったよ」
 ごめんな、と申し訳なさそうにしつつも、喜びが隠せない様子を見れば、怒れるはずもない。
 まあ、分かってみればなんでもない話だ。いったい自分の動揺はどうしてくれると思わなくもなかったが、勝手に勘違いしただけなのだから誰にもぶつけようがない。
「いや……おめでたいことだし」
 そう何度もやられても困るけど、軽く溜め息をついてまあいいかと思う。確かにおめでたいことに違いはない。ポットとクィッキーの二人(匹)に向かっても「よかったな」と言ってやれば、嬉しそうに声をそろえて「キッ」と鳴く。
 それに思わずキールも相好を崩せば、メルディがふっと洩らした。
「……不思議だな」
「ん?」
 キールが振り返ると、酷く優しい表情で目を細めてメルディは笑って続けた。
「あのな。ここな、はじめはメルディとクィッキーが2人だったよ。でも、今はキールとポットもいてくれる」
 あ、今もう一人いるな。そう笑ってポットを見つめて、そのお腹にそっと触れる。優しい眼差しは、どことなく母親のようなしぐさを思わせて。
「そしたらな、なんだか、シアワセだなって思って。ホントの家族、違うかもしれないけど、メルディ今みんなとカゾクみたいに一緒。シアワセよ」
「メルディ……」
 セレスティア人は自立する年齢が早い。だが、それよりもさらに早い年齢の時からメルディには幸せとは言いがたい、厳しい生活を強いられていた。家族といっても、複雑なものがあるはずだ。
 それでも今幸せだと笑うメルディに、キールは思わず熱いものがこみ上げ、手を伸ばして――
「あはは、くすぐったいよぅ」
 肩に飛び乗り頬を舐めたクィッキーに、メルディが声を上げた。抱きしめようと手を伸ばしたのを思いっきり邪魔される形となったキールは、行き場をなくした手をぐっと拳に握りこんでふるふると振るわせた。
(なんでこう――タイミングが……)
 どうも、さっきから家に帰るなり一人空回っている気がする。しかも追い討ちをかけるようにメルディの肩に乗ったクィッキーがぐるりと振り返って、「クキッ」と短く鳴いてみせた。そういえばこの青い毛玉には尽く先を越されている気がする。伴侶を連れてきたことといい、子供を作るといい……だんだん、さっきの短い鳴き声は笑われたんじゃないかとまで思えてきて、キールは非常に不快になってきた。もっとはっきり言えばムカつく。
 クィッキーとキールの間にチリチリと見えない火花が散るのではないかという程緊張が走りかけた時、メルディはひらひらと二人の間に手を振った。
「どしたか? キール? クィッキーも」
「いや、別に……」
「クキュ」
 キールは一度深く溜め息をついて。やはり何食わぬ顔でポットの隣へと戻ったクィッキーを眺めて、ふっと息を吐いた。
 ……なんというか、まあ。付き合いの長さの違いからして、どうしようもないだろうと思うことにする。
 でも、嬉しい事を一番に教えてもらったり、さっきみたいに甘えてもらえるこの位置は、少なくとも他の人間の中でも誰より近いはずだと自負できるから。まあいいかと、キールは吐息して。先ほど思わず口に仕掛けた言葉を胸中に閉じ込めた。
 そう、多分さっきメルディが口にして想像しただろう『ホントウの家族』を分け合えることを告げる機会は今でなく、もう少し先だということなのだろう。どこか言い訳めいていると自覚しないでもないが……

 幸せそうにポットのお腹をなでて話しかけるメルディを眺めながら、それにしてもとキールは思う。
 思いを打ち明けるのと、この現状に耐え続けるのと。どちらが心臓に負担をかけるだろうか。
 埒の明かないその悩みに、もう暫くキールは付き合うことになる。




-END-

*原型は随分昔に書いていたのですが、なかなか仕上げるところまでは行かず;
この機会にとようやく消化。キリ番リクだったりします……;(本気で何年前の話よ)
キルメルでドキドキな話ということで。螺旋さま、本気で今さらではございますが、捧げさせていただきます(土下座)
 時間軸的には、『昔と今とこれからと約束』の前。キールが一人じたばたしてる感じ。6割ぐらいは昔のままのテキストまんま残して書いたので、色々今じゃありえない話になっているかもしれません(笑)
こんなものでも、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
2008/3/23 [ 出雲 奏司 ]



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