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『不可知なるものを学びなさい』
3年ぶりに会った師は、そう言って見送ってくれた。
 その言葉の意味する所が一体なんであるかなど全く分かりはしなかったが、ただ首を傾げて「はい」と答えた。

……置き去りにされた返事は、今一体どこにあるのだろうか……





 未可知なるものへ -- Seeing is beliving.








 ばたん……
暑さのためか本を閉じるそんな音さえも重苦しく感じるのを聞き流し、キールは読んでいた本から目を上げた。
 割と小さめに作られた窓から射し込む光は、明かりというよりは熱に近い。
 シャンバール。
インフェリア全土で最も高い気温をほこるこの町は、火晶霊の加護を少々受けすぎているようにも思える。
まあ、だからこそ、火晶霊を探してここに訪れたわけなのだが。
(ここまで……来たんだな)
文献でしか知ることのなかった土地をここ数ヶ月でいくつ回ったことか。
 そして、今までの価値観や認識を改めさせられたことはいかほどか……
そう思って、キールは僅かに眉を顰めた。
 王都から逃げるように立ち去ってから途絶えることのない、形容しがたい思いが陽炎のように立ち昇る。
 真実を見極めるために王立天文台を――本来ならば絶対とすべき国王を裏切りここまで来た。
明確な形として描いていた偶像は、不可知だった醜悪な実像によって打ち砕かれとうの昔になくなっている。
だから、あのこと――向こうから見れば反逆行為を行ったことに後悔はない。
 もう何も知らないまま踊らされるのはたくさんだったから。

 だからこそ、ここに――真実だと思える場所に戻ってきた。
 昔から手をひいてくれていた幼馴染たちのもとに。

(……そのはず、だったんだけどな……)
座っていた椅子の背もたれに体重をかけて軽く伸びをし、小さく溜息をつく。
 正直なところ、自分でもどうすればいいかわからないでいる。
 いや、何を信じていけばいいのかわからなくなっている、と言ったほうが正しいか。
あらゆるものを裏切ってでも真実を見つけてやると思った気持ちは変わらないが、時が経つにつれ、焦りと共に心のどこかにあった不安がわきあがり、心がぐらつくことも珍しいことではない。
 そのせいで、自分にさえそれが言い訳にしか聞こえないくて、天文台でしたことをまだ打ち明けられずにいる。
 一度覚悟を決めたはずなのに、結局どちらにもつけない中途半端な状態でずるずると旅を続けている。
 当然、そんな自分をリッドは明らかに疑っていて。衝突が起こってしまうのはもはや日常茶飯事。
ついさっきも、買い出しに行くか行かないかで言い争ったばかりである。
 王都から遠く離れ、情報の伝達が行き届いていないことは町の様子から察せられたが、用心するに越したことはない。だから、外へ出歩くことをどうしても避けようと買い出しの手伝いを断ったのだが、ある意味当然のことではあるがリッドが突っかかったのだ。
 結局、いつも通りファラの仲裁で事無きをえたが、その時ちらりとだけ向けられたファラの視線は頭から消えそうにない。
 無駄とは思いつつ払いのけるように軽く頭を振ってから、ぼんやりと部屋を見渡す。
広い4人部屋には、道具の買い出しに出ているリッドとファラを除いた2人。
自分と、ふわふわとした薄紫の頭をだるそうに机の上において突っ伏するセレスティア人――メルディ。
その少し特異な容姿を出すのはあまり得策ではないので、彼と同様留守番である。
 ……もっとも、暑さに弱いらしく到着したとたんに倒れこんでいるようでは、出歩くことなど元から無理な話だろうが……
「き〜るぅ……ナニ見てるか〜?」
「うわあ!」
 突然聞こえてきた声に、手にしていた本を取り落としかけてお手玉する。
いつのまにか伏せられていたはずの薄紫の頭がこちらを向いていた。ついでに、同色のどこか捉えどころのない瞳も。
「い、いきなり話しかけるな!!」
 一気に増加した心拍数を抑えるかのように胸に手をやって怒鳴る。
「キール、メルディがこと見てた。フシギ思って聞いただけ。メルディ悪くない」
暑さのためかいつもほどの勢いはないが、むっと頬を膨らませて反論してきた。
明らかにメルディの言葉に正当性があるのだが素直にそうと認められるわけもなく。
「あーーーもうっ! 考え事をしていたんだ、放っといてくれ!!」
「……はいな」
予想していた反論はなく、ただ妙に沈んだ声で返された。
それは熱さばかりではないことは、さすがのキールもわかる。

『………………』

居心地の悪い沈黙。部屋が暑いのも手伝って余計にその感が増す。
(……どうして)
 軽く頭を振って、息を吐きだす。
何かずっと、空回りばかりしている気がする。
本当はこんなことを言いたいわけではないというのに。
言いたいのは……
(……なんなんだろうな……)
ごちゃごちゃしてまとまらない思いが湧きあがる。

メルディと出会ってからこっち、満足の行く答えが出ることがない。
無知を怖れて勉強してきたというのに、これでは何のために今まで知識を手に入れてきたのか。
あの時と同じ、わからないことばかりで……

視線の先で揺れるふわふわとした頼りなげな薄紫の髪は、まるで今の自分の姿のよう。
 そう思って、自嘲気味に笑いかけて。
 ……ふと、思い出す。
(そういえば……)
天文台から戻った後、一度だけファラに王都で何があったのか問われたことがある。
口を割らないキールにリッドが業を煮やし険悪な雰囲気になったとき、それを止めたのは意外にもメルディだったのだ。
「メルディ、キールといっしょに旅するよ。戻ってきてくれたもんな、な?」
そう笑ってこちらを見て。それ以上はなにも聞こうともせず、今も一緒に旅を続けている。

 幼馴染であるリッドや、あのファラでさえ疑いを隠せずにいるというのに、メルディはその時から変わらずなにも聞かず笑顔を向ける。
面倒事は少ない方がいいに決まっているのだが……正直、理解できない。
「おまえさ……」
「? はいな?」
 気がつけば零れ出していた声。何故なのかは分からなかったが、どうしても言わないといけないような気がして。
ほとんど絞り出すように、キールは続きを吐き出した。
「天文台から戻ってきた時、なんでぼくを責めなかったんだ?」
 聞いて、どうなるわけでもない。かえって自分を傷つけることになるかもしれない、問い。
「なぜか? キール戻ってくれた。とてもたくさん嬉しいこと」
きょとん、と目を瞬いて、メルディは当たり前のことのように答える。そう、あの時と同じように。
(……やはり、理解できない)
 膝の上に置かれた本の上で、表紙を引っかくようにして拳を握り締める。
(こいつの考えることも……こんなことをする自分も!)
「しかし、ぼくは天文台で何があったかを話さない。ましてお前は本来なら言葉もわからない、セレスティア人だ。疑って当然だろう」
 わけもなく湧きあがる苛立ちを必死で押し隠して、顔を伏せる。
自分でも理由のわからないもので人に当り散らすなどと言う子どもじみた真似はしたくなかった。
 やがて紡がれたのは、静かな声。
「……ことば、カンケーないよ。ナニも知らなくても、ファラとリッド、キールも一緒に来てくれた。みんな一緒、ずっといるな。それに……」
「……それに?」
思わず顔を上げると、見たこともないような表情――少し苦しそうな、それでも確かに微笑んでいるメルディがいた。
「……ファラが理由聞ことした時のキールが目、きっとメルディのはじめインフェリア来たときと同じ。そう思ったな」
「同、じ……?」
眉を寄せて、呟く。
言葉が通じず、理解できないでいたあの時のメルディと?
「んとな、だからな、話せることば見つかるまで、急がなくていと思うな。そうしなきゃ、きっとずっと伝わらない」
不安と、戸惑いと、躊躇いと、恐怖と、……伝えられないという苦痛。
(そうか……だから)
どうしてメルディに尋ねていたのかようやく分かった。多分どこかで感じ取っていたのだ。互いの共通した思いを。
 でも、だとしたら。
「……どうして……」
「ふえ?」
「どうして分かるんだ? そうやって、みんな……」
「メルディ、わかんないよ。メルディ、キール違うしみんな違う。でもな、みんながこと、いろんなこと、とてもたくさん知りたい。そう思ってるな。そしたらな、わかんないけど……感じるの」
 もどかしそうに言葉を連ねて。ああ、とキールは頷いた。
 以前ならば、まったく意味のわからないものとして気にも止めなかっただろう言葉。
 でも、今なら分かる。ずっと欲しかった答えが、言葉が、こんなにも近くにあったことを。

『不可知なるものを学びなさい』
唐突に、別れ際に師に与えられたその言葉が甦る。
ずっと答えを見失ったままにいたその言葉。
 不可知なるもの――知ることが出来ないもの。
 それはヒトが勝手に作り出している可能性の境界。それは決して知ることができないものなどではなく、目を逸らしていたために見えなかったもの。
 それが結果として『知ることができないこと』となっていただけ。
 ならば、今自分の目の前にあるものは不可知ではない。
 『いまだ知ることのできないもの』――『未可知』だ
不可知を知るとは、不可知を未可知ととらえ、知るための努力を怠らぬこと。自ら可能性を閉ざすことなく、知ろうとすることが大切なのではないだろうか。
 それこそがきっと、『知ること』に一番近い。

(こいつに教えられるなんてな……)
多少複雑な気分だったが、不思議と悔しさはない。
「本当に……ヘンなやつだな、おまえ」
「なにか〜?」
 ヘン、と言われたことにむっとしたようにメルディは唇を尖らせて。
そんな彼女を心持ち穏やかな目で見つめ返して、キールは答えた。
「でも……感謝する。メルディ」





 まだわかったわけじゃない。理論だてて証明できるわけじゃない。
 でも、それが正しいと感じることができるから。
 いつかきっと届く。
 伝えるための言葉も、置き忘れてきた答えも。




熱を伴う光は変わらないものの、陽炎はもうたたない。















*おまけ―後日キャンプでの風景―*

「ね〜キール♪ 新しい料理作ってみたの。食べてみてv」
 目の前に広がる、異様なオーラを放つ料理。
少し目線を上げれば、こんな状況でなければ可愛いと形容できる笑顔を振り撒くファラ。
「……い、いや……ぼくは……」
それとなく周囲を見渡すが、等しく犠牲になるべき赤い髪の幼馴染の姿は無い。
 既に逃走完了しているらしいリッドに心の中で罵倒しながら目の前の不可知な物を見つめる。
「た・べ・る・よ・ね?」
あくまで笑顔で――しかし目は完全に据わっている――ファラに止めど無く冷や汗を流しながら、彼は選択肢が多くない……と言うよりは一つしかない事を完璧に悟った。
「……ハイ……」
笑顔を一枚剥いだ後ろにある般若を怖れ……もとい不可知を求める探求心に負けて、キールは答える。
 不可知なるものはまだまだ多い。





『不可知なるものを学ぶ』……それは常に何らかの苦難を伴うものである(合掌)





キール「違う……こんな苦難なんて絶対に間違ってる……(泣)」


おわる?




-END-
この時点ではややキール→ファラな気持ちで書いてます(後々キルメル前提)
そして「未可知」は造語ですのであしからず。

2001.6.28 / 2002.2.19 [ 出雲 奏司 ]

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