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『お前は一人じゃないんだ』
『ずっと一緒に生きるんだ!』
全てを失ってしまったと思った時、彼のその言葉だけが救いで。
ずっと、その温もりにすがってここまで来た。
失ったものは戻らないけれど、得られたものもあったのだと教えてくれた。
それだけで十分だったはずなのに
いつのまにか、少しでもそばにいないと心配になる自分がいる。
自分を置いてどこかへ行ってしまうのではないかと……
いつも、不安で押しつぶされそうになる自分が……



 漸近線 --May I stay near you?





「……することないなー」
 クィ? と小さく首を傾ける友人の尻尾をいじりながら、メルディは小さく溜息を吐いた。
 夜は、キライ。
とても静かで、暗くて、同じ家の中に人がいると分かっていてもどうしようもないほどに孤独を感じさせるから。
 昔ならクィッキーがいれば耐えられたのだけれど、今はキールもいてくれていると分かっているからこんな風に一人でいるとよけいにその思いは強い。
 一度温もりを手に入れたら、その先を求めることはあっても失うことは耐えられない。
(それに……)
キールの本当の居場所はここではない。
セイファートリングがなくなったせいで帰れないままにはなっているけれど、キールの故郷はインフェリアだ。
 だから気がついたらどこかに行ってしまってるんじゃないかと、不安になってしまう。
特にこんな静かな夜には……
 そうして、こんな時はいつも自然とキールの部屋へと足が向かってしまうのだ。

「キール……」
ドア越しに呼びかけても返事はない。
いつもなら、すぐに答えてくれるのに。
そんなはずがないのに、本当にいなくなるような気がして……
不安で、不安で、恐くて、恐くて。
「キール……!」
思い余って部屋の扉を開けてしまうと、薄暗い窓際の机で何かを書きかけたまま突っ伏する彼の姿があった。
「寝てた……か」
 全身から力が抜けて、へなへなと座り込みそうになりそうになるのをようやく耐えて。
ただ、クィッキーを抱いていた腕は下りてしまい、そのまま友人は床に着地する。
「クィッ……」
動けないメルディを不思議そうに見やって、しばらく足元をぐるぐると回っていたが、不意に思いついたようにとてとてとキールの方に走る。
「あ……」
ようやくぼおっとしていた状態から我に返る。
「ダメな、クィッキー!」
 キールの洋服を引っ張る仕草をするクィッキーを慌てて止めた。
「クキュ?」
「キール、お勉強でお疲れ。邪魔しちゃダメ、な?」
なんで? とでも言うように小さく首を傾げる友人にそう話しかけると、分かったとでも言うように、揺らすのを止める。
 メルディも音を立てないように机に近づいて、クィッキーを抱き上げた。
机の上を覗き込むと、わけの分からない計算式や難解なメルニクス語、インフェリア語がいつものように並んでいる。また夢中になって勉強をしていたのだろう。
 インフェリアへ帰るために……
 ずきり、と胸の奥に鋭い痛みが走る。
瞬間、嫌な考えが頭を掠めて、メルディはぶんぶん頭を振った。
頭の高い位置で結われた髪が勢いよく揺れ、クィッキーを抱く腕に力が入る。
「クィ、クィッ……!」
体を締め付けられ、そのうえ揺れる髪になぶられて、さすがのクィッキーも不平の声を上げる。
「あ、ごめんなクィッキー……」
それに気がついて、ようやく頭を振るのを止めた。
その代わり、クィッキーを苦しくない程度にもっとしっかり抱き締める。
何をしてるんだろう、自分は。
 なんだか無性に自分が嫌になって腕の中の毛玉に顔をうずめる。
(あったかいな……)
そっと目を閉じていると、その温もりが自分の中の嫌なものをなくしてくれたような気がして……
ようやく、顔を上げる。
「毛布、かけなきゃな……」
 少しだけ掠れた声で呟くと、部屋のベッドから毛布をひっぱって起こさないようにキールにかける。
 さら……
高い位置で一つにまとめられている深い群青の髪が流れ落ちた。
 ともすれば闇に溶けてしまいそうなそれを思わず手を伸ばして持ち上げる。
 さら……
ひんやりとした癖のない艶やかな髪は手の上に留まることなく零れ落ちた。
胸に冷たいものが滑り落ちる。
(キールは……行っちゃうのか?……メルディ、おいて……)
髪の滑り落ちる感覚だけがイヤなくらいはっきりとしていて。
 それはまるで……
「いやっ……!」
唇をかみしめて、ぎゅっと目を閉じる。
(そんな……またメルディ一人になるか……?)
考えたくない。考えたくないのに、嫌な想像は止まらない。
「クィッキ……」
ぺろっと生温かいものが頬をなめた。
 見れば、肩に乗っているクィッキーが気遣わしげな黄色の瞳を向けている。
そのつぶらな瞳に映る自分の頬には光の筋。
手をそこへ這わせると、確かな水の感触が伝わり来た。
(ダメ……泣いちゃ、また怒られるよ……キールに)
ごしごしと乱暴に何度も何度も拭いて。
それでも、涙は止まらなくて。
溢れ出す想いは止まらなくて……
 小さなイスを引き寄せて座り込み、毛布の上からキールにすがりつく。
伝わり来る、何にも代えられない優しい温かさ。
 ……キールは。
インフェリアへ戻る方法を見つけようとがんばっている。
自分だってリッドやファラに会いたいし、早く戻れるようになるといいと思う。それはホント。
 でもそれ以上に、インフェリアに……彼の故郷へ帰ることができるようになれば、また自分は独りになってしまうのではないかと恐くなる。
……心のどこかでインフェリアへ行く方法が見つからなければいいと望んでしまう自分。
あまりにもワガママで身勝手な願望。
こんな自分を知ったらキールは何と思うだろう。
 だから、言えない。言ってしまえば、本当にそばにいられなくなるから。
そしてなにより、こんないやな自分を知って欲しくなかった。
自分がそんな人間だなんて知りたくも、思いたくもなかったのに……
 でも、彼が一生懸命に研究に打ちこむのを見るたびにわきあがる。
期待、それよりも大きな不安、恐怖、奥底で見え隠れする浅ましい願望……
 普段はまだ耐えられる。呼びかければ青紫のキレイな瞳にちゃんと映してもらえるから。
 でも……
「キール……」
呼びかけても、答えない。静かな寝息ばかりしか……聞こえ……なくて……
 だからいつもすがりついてしまう。
温もりがあるのを感じて、まだ独りではないのだと自分に言い聞かせて……
「ずるい……な」
 それはごまかし続けている自分になのか、その存在だけで自分をこんなにも変えてしまうキールになのか、判別はつかなかったけれど……
 少しずつ、温かさが胸に染み込んでくる。
いやだったどろどろとした気持ちが少しずつ溶かされていく……
 大丈夫。また明日からちゃんと笑っていられるから……
……だから……
 今だけでいい。
(ほんの少しのあいだだけだから……メルディ、そばにいさせてな……?)
今はこの温かさにすがっていたいから……
負担をかけないようにか、クィッキーは机の上に登り丸くなる。

しばらくして、部屋の中には静かな寝息が3つ響いていた。

包み込むのは深い闇と微かな紫灯。
夜はまだ、明けない。






-END-


*漸近線 --限りなく近づくけれど重ならない線、と思ってもらえれば。

2001.4.13 [ 出雲 奏司 ]

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