「なあなあファラ」
「なあに? メルディ」
「その木の棒なにか?」
そう言って指差したのは、ファラが手にしている編み棒。
「え〜とこれはね……」




 グランドフォールから2年弱。
 インフェリアとセレスティアの行き来も、昔を考えればかなり安定して行われ始めている。
 研究のため(といっても、他にも理由があるのは明白だが)セレスティアに残っているキールも、年に2、3回程度はインフェリアへ来て両親や知人友人を訪ねている。
 キールが帰郷する時に、やはりインフェリアの友人がいるメルディも当然ついてくるわけで。
ただ、今日明日ぐらいはメルディ曰く「親子すずいらず」で過ごすため、ファラの家へ宿泊させてもらっていた。
 夕方になってリッドも自分の家へ帰り、離れていた間にあったいろいろな話も落ち着いたところ。
ファラの部屋で、取り止めのない会話を続けていると、不意にメルディはファラの手元に目を留めた。
「なあなあファラ」
 そして冒頭へ戻る。
 ファラが手にしているのは、細く削られた2本の木の棒と、そこから伸びているもこもこした布みたいなものと、絡み付いているその元となっているだろう糸。先ほどから指先で単調な作業をさせていたのに気がついて、不思議に思ったのだろう。
 とっさに「知らないの?」と言いそうになって、ファラは慌てて言葉を飲みこんだ。
 いくら長く付き合っているような気がしていても、メルディがインフェリアで過ごした年月はそれほど長くない。まだまだお互いの文化について知らないのは当たり前。
 いけないいけない、と心の中で頭を小突いて、どう説明しようかと考えながら言葉を出した。
「え〜とこれはね、動物の毛から作った糸をこの棒で編んで、小物とか服とかいろいろなものを作ってるの」
「この棒だけでか?」
「うん」
 すごいな〜、としきりに感心した様子で編み上げた部分に触っている。
その様子が可愛らしくて、くすくすと笑いながら説明を続ける。
「今みたいに寒い時期だと作物もなかなかできないし、動物も冬眠しちゃうから狩猟もできないでしょ? 家にいる時間が多くなるから、こうやって冬用の服を作ったり、小物を作ったり内職をしたりして人にあげたり売ったりするの」
 ラシュアンに住む人のほとんどは農家なので、必然的に家の中でできる事は限られてくる。
 その結果生まれたのが、村の名物でもあるラシュアン染めだったり、今ファラがしているような編物であるといえる。
「じゃあ、リッドもするか?」
ファラの説明をじっと聞いていたメルディは大きな目を更に大きくして、棒針を指差した。
 一瞬、きょとんと目を瞬いて。ファラはああ、と笑い出した。
「うーん、リッドも『編み物』はするけどね、こういう毛糸じゃなくて、木とか草の方」
「木で『あみもの』……?」
ファラの手元をじっと見たまま、メルディが変な顔をする。編み針を使って木を編むのかと思ってることが簡単に想像できて、笑ってばっかりだなと思いながらまたくすくすと笑いを洩らす。
「リッドのはね、この編み針は使わないよ? えーとね、あ、ほらこの毛糸を入れてる籠とか、藁を縁って紐を作ったりしてるの」
なんだかんだ言ってなかなか作らないんだけど、結構器用なんだよねー、と言いながら沢山の色が詰まった毛糸が入った籠を持ち上げる。この籠は随分前に、リッドからもらった物だ。
 それにつられるように目をやって、籠の中の毛糸とにらめっこするメルディ。そして何を思ったか、籠の中から毛糸玉を1つ手に取って。じっと、ファラによって編み上げられている濃青色とを交互に見やって、じっと考えこむ。
「……あのな、ファラ」
「なあに?」
「……あの、な……この『あみもの』、メルディにもできるか?」
 少しだけ不安そうに、躊躇いがちに見上げられて。持ってる毛糸をぎゅっと握っているその手をとって、ファラは了解する。
「うん! だいじょうぶ。イケるイケる!」
 それを聞いて、メルディの顔に花がぱっと咲いたように笑みが広がる。そのことが自分のことのようになんだか嬉しくて。
「その色でいいの?」
うきうきと尋ねると、いつもみたいに元気な声が返ってきた。
「はいな! これ、ファラが髪の色。とってもキレイだな♪」
「そうだね。その色なら、キールにも似合うしね♪」
冗談めかしてウインクすると、メルディの顔が一瞬のうちに朱に染まる。
 なにかをいおうと口をパクパクさせるメルディににっこり笑って、ファラは編み棒を差し出した。
「それじゃ、はじめよっか」




―翌日―



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