昔日の行方  <Tales of the Abyss <TOP

  昔日の行方 -- 1 year after.


 透明な歌声が、ユリアシティの奥まった一角の箱庭で響いていた。その歌は不思議な韻律を持つ、唄い手がひとりしか残されていない歌。
 その唄い手は目を伏せがちにして胸の前で両手を組み、一心不乱に歌っているようだった。周囲には白い花が咲き乱れていたが、唄い手の足元の先は不自然に盛り上がり、その頂には小さなプレートが存在を主張をしている。それは、簡素で訪れるものが少なくはあったが、唄い手の心を尽くした墓標。
 その一種聖域とも化した箱庭に侵入した形となった青年は微かに躊躇したが、手にした花束を抱えなおすと大きく足を踏み出した。
「やっぱりキミもここにいたんだね」
「……っ」
 ティア、と。
 青年の声が響き、長い亜麻色の髪を僅かに揺らした唄い手――ティアは、直後教団服を翻らせるような勢いで振り返った。振り返ったティアの薄い空色に写ったのは、砂色の髪と見慣れていた微笑みを浮かべた青年。ティアの口の中だけで、ガイ、と音になりきらなかった言葉が洩れる。
 青年――ガイは呆然と見詰めてくるティアに「やあ」と声をかけて歩調を変えずに近づく。
「ルークかと思ったかい? ……それとも、ヴァンかな」
 それには答えず、ティアは曖昧な表情を浮かべて目を伏せた。そして、話を逸らすかのように口を開いた。
「……あなたも、行かなかったのね。呼ばれていたんでしょう?」
 咎めるような響きさえ含ませたティアの言葉に、ガイは僅かに肩をすくめただけで。
「行く理由がないからな。空っぽの祭典に捧げに行く花なんて、俺は持っていない」
 明確にされなかった目的語を正確に把握して答えながら、ガイはティアに並びその場に屈んだ。そうして、労わるようにゆっくりと、目の前にあるプレートの前で手にしていた花を置いた。
「……多分キミと同じだよ」
 ヴァンは俺の大切な幼馴染だよと。たとえ、一度剣を向けても道をたがえてもそれは変わらない。
 その声をどこか遠くで聞きながら、そっとティアは少し前に同じ様に訪れたアニスの言葉を思い出した。
『総長やリグレットとか……シンクやアリエッタやラルゴもなんだけどね』
 一年前の功績からか、ローレライ教団を代表するいわば中継ぎ役として世界中を飛び回っていると近況を話したアニスは、しみじみと言った。
『必ずしも、悪く言ってる人ばっかじゃないんだよ。今でも感謝しているって、こっそり話してくれた人、いたんだ』
 一連のレプリカ騒動や神聖ローレライ教団・エルドランドの事実――時として、マルクトとキムラスカの対立の要因としてさえも語られた――が公表されてから、彼らは狂人として囁かれた。それでも、その彼らはたとえ欺く為のものであったとしても、確かに人々を救いもしていたのだと。
『そうなんだよね。ティアが総長を「優しいお兄さんだった」って言ってたみたいに、総長達がいて助けられた人だってたくさんいるんだって、気付いたんだ。だから、そゆコト伝えとこっかなって』
最後の言葉の対象は誰を指したのか。問えないままのティアをおいて、アニスはやはり今のガイと同じように、簡素な墓標を見ながら続けた。
『アタシもね、総長のやったことは許せないけど……でも、今はそればっかりじゃないんだ。それにイオン様や、ルークやフローリアンも……総長がいたから、いるんだよね』
そう思ったら、どうしてもここに来なきゃいけないかなー、なんてね。
 照れたように笑って、アニスは非公式ではあったけれど、手を合わせていった。
 それを聞いたときの気持ちをなんと言おう。
 同じユリアシティに住まう、あるいは同じ組織に属したものさえも忌み嫌う対象として扱われるようになった兄。それはもしかしたら、これまで表立って現れなかったやっかみにも似た嫌悪の感情が表層に出ただけなのかもしれない。そうとまで、思えたときもある。事実それは、完全な偽りではないだろうとも、知っていた。
 ……でも。隠すことも、偽ることも無くなった今になってさえ、それでも兄を……兄たちを思ってくれる人がいる。それもまた、事実だった。
 ――『師匠……ありがとうございましたっ!』
 そう、すべての決着をつけた後、誰よりも兄に傷つけられたはずなのに、それでもそう言った彼の様に――
 思い出して、思わずティアは滲みそうなった視界に目を閉じた。
 ……そう、まだ早い。
「ありがとう……ガイ」
 そっとティアが呟けば、複雑そうな表情で祈りを捧げていたガイが振り向く。分かっている。ティアに気を遣ったからではない。告げられた言葉も、捧げられた祈りも真実心からのものだと。それでも、嬉しかったのも本当だから。
 訂正は入れぬままティアは微笑んで、言葉を継いだ。
「もう、あれから一年なのね」
「ああ……」
 お互いに、肝心な待ち人については触れぬままただ空を見上げた。
 最後に見たのは、きっと空に伸びた光だった。時に支えていたつもりで、こちらが支えられていた、ヒト。そしてなにより、ティアとガイ共に大切であった人物と最後まで向き合わせて、それでも今の道筋を選ばせた、その人。
 互いにまだ過去形で語ることができないまま、立ち尽くして。
 必ずしも優しくはない世界は、何も告げぬまま一年という時間を過ぎようとしていた。


 悼んで祈りを捧げるには早すぎて、約束だけを世界に残したその人は未だ来ない――






-END-


*一周年と考えて、あのときから一年目の話。
最初は当たり前に赤毛を考えていましたが、書くうちに待てよと。そして色々と考えた結果こんなことに。
相変わらず天邪鬼かもしれないですね、自分(苦笑)
2006/12/25 [ 出雲 奏司 ]
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