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 幾度月日を経て、繰り返されたものであっても。
 花咲くことを知るモノに庭師が出来ることは同じこと。



  Fuge g-moll //to CODA -- 庭師は傍観す



 まだ少し違和感のあるのだろうか。落ち着かないように何度も少しずつ場所を変えては欄干にすがりなおしている主人の姿を目に留め、庭木の世話をしていたペールはそちらへと足を向けた。
 名実ともに自分の物である家であるはずなのだが、いることが少ないせいかあまりその実感はないと彼の主人がこぼしていたのを思い出し、ペールは苦笑をもらす。
 生家よりも長くバチカルの屋敷にいたことを考えれば、無理もないことだ。それに預言をめぐる一連の騒動の後も公務で外交に就くことが多く、ほとんど自分のものとなったこの屋敷にはいないのだから。めまぐるしい動乱の時を思い出し脳裏によぎった緋色は、現在を過去と重ねてみせる暗示だろうか。
 見守るうち、ようやくしっくりとくる場所を見つけたのだろう。ペールが近づくころには主人は欄干に背を凭せ掛け、薄紅色の花を見上げていた。それは、かつてバチカルで使用人としてあった時よく見ていた姿と、変わりなく。
「また、見ておられますか。ガイラルディア様」
 やはり変わらない穏やかな声に呼ばれた主人たる青年――ガイラルディアは目を瞬き、すぐに「ああ」と相好を崩した。
「ペールか」
「よい日和ですな。花も喜んでおるようです」
 嬉しげに、花木の幹に触れるペールに、ガイラルディアは笑う。
「もう庭師の真似事をしなくてもいいんだぞ。本職が仕事を取られ困っている」
「ですから私がすると申し上げておりますが」
 何度も申し上げたはずとペールが続ければ、年若い主人は微苦笑して。変わらぬ飄々と告げる老骨に、ささやかな反論を試みる。
「そろそろいい年だろうが。身体を労わった方がいいんじゃないのか?」
「となると、年寄りから数少ない趣味を取るおつもりですかな」
御無体なことを仰る。そう少々大げさに肩を落とせば、額に手を置いて青年は苦笑を漏らした。
「全く……ジェイドに似てきたんじゃないか? お前」
 皇帝の懐刀とも呼ばれ『死霊使い』の異名をとる将軍の名は、彼の主人にはどうやら食えない悪友とも天敵ともつかない存在であるらしい。そのことは知っていたが、ごくまじめな顔でペールは「恐れ多いことです」と返して。流石に渋い顔をした主人に、ペールはめずらしくからからと笑った。
「ご心配には及びません。少しずつ、手を引いておりますよ。さすがに私一人ではこの館全ての面倒を見るのは大変ですからな」
「それならいいんだが」
 明らかにほっとしたような表情を浮かべたところを見ると、相当口やかましく言われたのだろうか。
 職人らしい頑固そうな庭師の顔を思い出し、もう少し控えたものかと苦笑して。「ですが」とペールは薄紅色の花を咲かせる木の幹に触れて告げた。
「……ですが、この花だけは。私が最後まで見させていただくつもりですが」
 その花はかつて共に仕えていた屋敷で、長くペールが世話していたものと同じ花。もともとキムラスカの地にしかないとされているが、今は亡き主人の母親が嫁いだ折に持ち込んだのだと聞いていた。
 それは主人にこの家が与えられた一番の理由であり、そしてグランコクマの地では数少ない直接世話をした経験があるペールが譲らないもの。
 そうだなと主人は頷いて。よぎる思いはおそらくは同じだろう。恐らくは、浮かんだ情景も。
「分かった。言っておく」
 「ありがとうございます」と頭を下げるペールを見て。
 わずかな沈黙の後、懐かしむような声が主人の口から漏れた。
「……さっき、お前が声をかけた台詞」
「はい」
「気付いてたか。バチカルにいるときと同じものだったな」
 そういって、再び薄紅の花弁の群れを見上げる。その視線は、見るものの色彩のせいか、遥か彼方を映しているようにも見える。
「……思い出しておられましたか」
 わざと言葉をぼかし問いかければ、思い描くものは同じに主人は首肯しペールの方へと顔を向けた。
「……ああ。不思議なものだな。同じ種類の樹とはいえ、違う場所なのに、同じ花が咲くのを眺めるというのは」
 何かを思うように、複雑な面持ちで微笑らしきものを主人は浮かべる。ペールは穏やかに問う。
「……やはり、迷っておいでですか?」
「『復讐』をか?」
 皮肉げに、そして面白がるようにいわれた言葉に、仕方のない方だとペールは一呼吸おいて。
「いいえ」
 きっぱりと告げられた否定を、彼の主人がどう捉えたのかペールは知っている。
 確かに、今は亡きかつての主人や仲間を思う己の内に眠る忠誠と親愛の情は、時にその衝動を促しそうになることを否定はできないが。だが、それは全て過去に持つべき感情のこと。かつての敵であろうと、生まれるのは悪意ばかりとは限らない。
 それを示して見せた、粗暴でありながらも純粋で真っ直ぐにモノを見つめていた少年の姿を思い描き、ペールはゆっくりと口を開いた。
 そう、今は――
「戻られることを信じ、待ち続けることをです」
「愚問だな、ペール」
 同じく新たな『今』を肯定することを知った彼の主人は、不敵に笑って空を見上げる。
「もう、迷わなくて良くなったんだ。これほど楽なことはない。『待つ』ことが、いくらでも許されるんだからな」
「左様でございますか」
 その迷いのない表情に、ペールはただ目を細めて頷いた。
 かつては『待つ』ことに怒りを――そして裏切りではないかと迷いに苛まれた主人らしい答え。
 だがペールのその答えは意外だったのか、驚いたように青年は目を見開き瞬く。
「お前は――止めないんだな」
 青年の言葉にペールは静かに笑って花を見上げた。
 主人が待つあの鮮やかな赤い髪と緑の瞳を持つ赤い髪の少年を最後に見てから、もうすぐ二年が経とうとしている。その生存を心のそこから信じているものなど、もはや片手にも満たないことはペールも知っている。
 周囲の事情を知る人間の多くは、主人にいい加減虚言を紡がず前を見よと言っていることも。だが、とペールは思う。それは現実を見ることをせず夢を追う人間に対して紡ぐべきものだ。
 主人のような囚われではなくただひたむきに望みを抱くことに、何の罪があろうかと。
 そして何より――
「私の思いは、今も昔も変わっておりませんからな」
 ペールはあの時と同じく、手入れを続けながら。ただ咲くことを知る花を思い笑みを浮かべる。
「今、生きて幸せとならなければいけないのは、貴方様自身に他ならないのですから」
 どうかご自身でお決め下さい。変わらぬ穏やかな表情で庭師はその務めを続けた。
「ご自身でお決めになられたことであるならば、この老いぼれも及ばずながら力になりましょう」
 遠き昔から変わらず向けられるその忠誠の言葉に、主人――ガイラルディアは「ありがとう」と破顔した。



 花は、自らを咲かせる方法を知っている。
 だから庭師は、ただそれを見守り、必要なときにそれを手伝うだけでいいのだ。




-END-
サブタイトル:『屋敷時代な選択式お題』より。配布所:子ルークと若ガイ同盟さま(http://yasikijidai.web.fc2.com/)
以前雑文で落としたものを加筆修正とアフターっぽいものつけてセットで。
どうにもペール視点で話を書きたくて。イメージは花さか爺さんだったりw
タイトルは、バッハの『小フーガト短調』。
そんな大層なものではないですが、似通った旋律の積み重ねの追いかけっこのイメージから

2007/9/4 [ 出雲 奏司 ]
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