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 約束が叶えられることが、当たり前だと思っていた、信じていた。
 その他愛のない妄信が、どれほど贅沢で得がたい願いであるか……
――わがままであるか、知らなかった。




 不確かな未来を語ることは、昔からえもいわれぬ不安があった。
 そして絶対ではないそれを『約束』とすることに、いつも躊躇いがあった。
 ――『約束』は、自分にとって裏切られる為に存在していたから。
 だからこそ、ただ一度自分から交わした『約束』は絶対だと確信に近い思いで告げた。
 ナタリアは何度もその誓いを口にした。それは王冠に見立てた花の輪を互いに乗せる時であったり、国の未来を語るときであったり。幾度も幾度も、そう、絶対であることを確信して。
 『いつか――』そう口にされるその時が、訪れるものと微塵も疑っていなかった。
 ……そして、たとえ叶うことのないものだと思い知らされた絶望の中にあっても。
 この思いは変わることなく、失われることもなかった。


『私は…私たちはあなたに生きていて欲しいのです!お願いですからやめて下さい!』
 元から魔界にあったという不毛の大地を踏みしめて。唐突にごく最近聞いたナタリアの言葉が不意に記憶の底から浮き上がった。
 それは、所在を確かめるように、これからの作業に必要不可欠なローレライの剣の柄に手を置いた時だった。
 はっ、と息を吐き捨て、薄く自嘲の笑みを浮かべる。まだ、どこかで迷っていると言うのだろうか。
「……もう、他に方法はねえんだ」
 まるで、言い聞かせるように口にする。
 あの時、ナタリアとて分かっていたはずだ。そんな子供の癇癪のようなわがままなど、通ることがないことを。
 何かを得ようとすれば、なにかが失われる。それは摂理だ。『ルークレプリカ』によって居場所を奪われた結果を、この身をもって知っている。
 そして、この場合もう先がないことがわかりきっている自分が行くのが当然なのだ。たとえレプリカでも、時限爆弾を抱えているヤツよりはマシなはずだから。
 今まで幾度となく反芻した思索。だが、それでも引き裂くように、再度、閃くように悲痛な声が耳奥でこだまする。己の未練がましさに、きつく奥歯を噛み締める。
 いつかこうなることが――その言葉を聞くことが分かっていたから、その手を振り払い続けていたのだ。これ以上、思いを残させることがないよう……残さないように。
 だからこそ、障気中和の可能性を知った時、全てを失うくらいならば、喜んで残りわずかで消えるこの身を差し出してやると決めた。
 悲痛な叫びにあったそのわがままをかなえてやることはできないが、そこに限りなく近い世界をこの失われる命で贖えるならば。ナタリアの望むものに限りなく近い世界と共に、そしてその世界で生きるナタリアの中に、自分の記憶が残るのならば……それが、今己が望める最善のものだと。
「俺の体がなくなろうが、『死ぬ』わけじゃない」
 やり残した師を討つ役目はルークが、国を思う意思と理想はナタリアの中で生き続けるのだから。
 この頭上には、かつて『約束』を語り合った冠はない。だが、変わらぬ思いと『約束』と、理想の基盤となし、そこに近づけるための力は残されている。
 向かいから吹く風に髪が翻るのを感じながら、聳え立つレムの塔をゆるがぬ決意とともに振り仰ぐ。
 たとえ今は向かい風であっても、それが悲しみだけではなく、理想を可能とする世界の訪れを導くものであるように。途方もない、わがままに等しいほどの『約束』に沿うものであるように。
 その力を手放さぬように、ローレライの剣の柄を一層強く握り締めた。








 幼い頃、幾度も紡いだ花で作り、互いの頭上に乗せた花の冠。
 そして、結ばれた花と同じ数だけ……あるいはそれ以上に、共に在り理想とする国を二人で築きましょうと誓い合っていた日々。
 疑ったことはなかった。かつて交わした約束とともに、いつの日か重さの異なるそれを共に戴き、手を取り歩めると……ずっと、信じていた。


 久しく訪れていなかったファブレ家の敷地の庭で、二つ目の花輪を完成させて静かに立ち上がった。
 目の前にあるのは、聳え立つ二つの碑。二人の"ルーク・フォン・ファブレ"の死を悼んで建てられたもの。
 この庭もまた、きっと彼らの守ろうとした世界に違いはないのに。どうして断りなく彼らの約束を否定するようなものを存在させるのだろう。
 それは傍から見れば身勝手な願望に過ぎないとは知っていたけれど、言いようのない苛立ちと痛みに、頭を振り息を吐いた。
「……私は」
 見上げていた目を下に落とせば、拙く編まれた手の内の花冠。
 それを、碑に手向けるつもりはなかった。今は頭上と受け取り手を探すこの手の上に。
 幼い頃、誓いと共に幾度も作って。しかしいつからか、差し上げることのできなくなっていたその冠。
 こうしていると、不確かな未来で守れぬ不誠実を厭い、なかなか『約束』をすることはなかった彼を否応なく思い出す。それはまるで、後のことまでを予感していたのだろうかと、胸がつぶれそうな思いとともに考えたときもあった。
 でも、唯一つ交わしてくれた『約束』は、それ故にまだこの胸に、潰えることなくここにある。
 それは、彼の絶対の思いに違いはないはずだから。だから、迷うことなく前を見る。
「あなたが身を賭してまで守ろうとなさったものを、守りますわ」
 たとえこの身にあなたと同じ誇り高き青き血がなくとも、私に『約束』の絆を下さったあなた。
 身勝手を装いながら、誰よりも国を、民を思い続け行動し心を砕いたか知っている。いつも誰かの為のわがままを吐き続けたあなた。
 ……そう言ったら、きっとまた怒ったような不機嫌な表情をして否定するのでしょうけれど。
 それを思い浮かべて少しだけ微笑んで。掲げていた花の輪を、自らの頭上に戴く。二つ分の冠は少し重いけれど、俯くことなく前を見る。
「今は私がお預かりします。この場所で『約束』とともにお待ちしてますわ」
 伸ばした手は、未だ届かぬまま終わっているけれど。少なくとも今はまだ、諦めるつもりはないのです。
 だからあなたがいつか訪れた時、私たちの描いたその理想が私の下にあるように。
 いつか迎えるその時まで……私は、紡ぎ続けましょう。それが屍を摘み取り作られるものであるとしても、私はあなたに捧ぐ冠を作り続けましょう。
 視界の端で、背後から吹いた風に揺らされた髪の陽の色が踊る。
 まるで背を押してくれるようなその風に、想いもまた運ばれるようにと強く願った。


ただひたむきに望み続けた……そして何より尊い願い。
たとえ交わる時が来ないとしても、その『約束』に殉じること。
それが――



『 あなたのわがまま 』






*灰姫祭さまに参加した際の提出作品(お題『あなたのわがまま』)
過程と結果がどうであれ、彼らを突き動かし目指すものは、変わらないひたむきな『想い』だった。そう思っています。
2006/06/07 初出  【出雲奏司】
*この作品がどうだったか教えてもらえると喜びます    いい まあまあ イマイチ

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