「ホントにホントにいいのか?」 不安そうに、紫水晶の瞳が揺れる光を映してこちらを見る。 いつか、こんな日が来るかもしれないと。どこかで予感すらあったというのに。 ――覚悟を促す声は、いつだって遅すぎるのだ。 必然の為の方程式 「ちょっといいかの」 リバヴィウス鉱によるフリンジ砲の作成の算段も一段落した。ようやく張り詰めていたものや、圧し掛かっていたものが少しでも落ち着いたようにも感じて、キールが大きく伸びをして肩を鳴らした矢先。リッドたちが先に休んでるのだろう、同じく用意されている部屋を聞いて向かいかけたキールの背に向けてそう声が叩いた。 「ガレノス?」 振り向いた先には、果たして言葉の通りの人物が幾分か疲れを見せながらも立っていた。温和そうに見えるその白髪と髭に覆われた顔は、だが疲れのためなのか幾分かの険しさと張り詰めたものを感じさせて。 「何か、問題でも起きたのか?」 さっ、とキールは表情を僅かに青褪めさせる。それには、ガレノスは幾分か表情を緩ませて、のんびりと否定を告げた。 思っていた悪い事態ではないことに安堵しつつも、キールは首を傾げる。 「ほかに何か、悪い知らせでも」 躊躇うように口元のひげを指で幾度か梳いて、ガレノスはゆっくりと口を開いた。 「……お前さんには伝えておこうかと思っての」 「僕に?」 訝しんで端整な柳眉を複雑な形に曲げたキールにガレノスは頷いて。 「メルディのことじゃ」 「あいつに何か……!」 反射的に上ずってしまった声に、キールはあわてて口をふさぎ。それになにを感じたのか、ガレノスは心なしか嬉しそうに小さく頷いて。目を細めて、キールに問いかけた。 「約束してくれるか。あの子の信頼を裏切らないと」 「!」 反射的にからかわれたのかと身を硬くしたが、それにしては返事を待つガレノスの表情はあまりに真剣だった。戸惑いながらも、キールが頷くと、「ありがとう」と目を細めて。 そうして遠くを見るようにして、ガレノスは口を開く。 「あまり楽しい話ではなし、少しばかし長い話になるんじゃが……良いかな」 「……ああ」 多分、生半可な覚悟で聞ける話しではないのだろう。発せられる雰囲気は、そう思わせるだけの何かがあった。 それでも。 (望むところだ) インフェリアの天文台で論文を燃やしたあのときから、決めている。踏み出すことを躊躇わないこと。自分を信じてくれる人間を裏切らないこと。 ――そうして、メルディに課せられたもの全てを聞いた後に、もうひとつの覚悟を決めた。 それは、シゼル――その中に巣食うネレイドからか、それともメルディの負う過去の傷か、あるいはこれから実の母親と相対しなくてはいけないその痛みか。 最後にそう告げて締め括られたガレノスの言葉に。 「ああ。僕に……僕たちにできる限り。絶対に」 あまりの重すぎる事実に、どこにぶつけようもない悔しさと己の無力さに青褪めながらも、確かな思いで答えていた。 容易くない道のりを歩むことと、大切なものを全力で守ることを―― 「ホントにホントにいいのか?」 不安そうに、紫水晶の瞳を揺らしてこちらを見るメルディに、キールは多分の呆れともに溜め息を吐く。 すでに臨界点を突破し、止まらなかったグランドフォールに対して、自分たちに残された道はひとつしかなかった。 『二つの極光術をフリンジさせて核を破壊する』という最終手段。 真と闇。その後者の力を扱える可能性のために、メルディにその身がどうなるかを厭わずに「やってみせる」と言わせてしまった。……言ってしまった。 いつか、こんな日が来てしまうかもしれないと。どこかで予感すらあった。 ならば自分が一緒に支えると言う。それは当の昔 に決めていたことだ。 「今更だな。大体今僕がいやだといったらどうするつもりなんだ?」 目の前の顔が困惑に崩れそうになる前に、キールは手を差し出して。目を大きく見開いたメルディに、キールは迷いなく告げる。 「覚悟ならもう腐るほどできてるんだ。僕を信用しろ」 泉に水が溢れる様に紫水晶の瞳から雫が零れ落ち、メルディの顔に笑顔が満ちて。キールが差し出した手に手を重ね、メルディはぎゅっと強く握り締める。 「はいな! ……ありがとな、キール」 今更のように自分の言葉に赤面して、キールは目を逸らす。 「な……『な』は、余計だといってるだろっ。さ、さっさといくぞ!」 「はいな!」 顔を背けながらも、答える顔が笑顔であることを確認して。手を握ったまま、二人は目指す場所へと駆け出す。 覚悟を決めるのではない。生きて、同じ場所を歩き続けるために。 *久しぶりに一晩で勢いだけで書いてしまいました(苦笑)TOE・EDの隙間をぬった時間軸w 久しくまともに触れていないので色々自信がありませんが、少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。 お題「覚悟なんて腐るほどできてんだ。」 |
||