この人だけの幸せを願うだけでは、この人は幸せになれない ――そうと気づいてしまうほど、いつの間にか世界が広がっていた。 だから――…… ------- 夢描く 「あの不死身女ももうすぐ退院するとさ。近いうちにこっちにも顔出すとか言ってやがった」 気にする三矢に請われて江ノ本の見舞いは、案の定怪我人に会うなどという殊勝な気分を呼び起こすようなものでは欠片もなく。投げやるようにそう言えば、その無駄な元気を察したわけでもないだろうが、三矢は口元をほころばせた。 『そう……良かった』 私もお見舞いに行ければ良かったのだけれど。 そう言う三矢は、徐々に良くなってはいるものの、未だ遠出に出歩ける程には回復していない。僅かに顔を曇らせた三矢に、肩をすくめて応じる。 「江ノ本の場合は気にした方がバカを見る。目を離した隙にどこうろつくか分からないってんで、あっちこっちで怒鳴られてやがった。アイツを怪我人だなんていったら、世の中の人間8割重病人だ」 なんせ意識不明から立ち直って早々、全身骨折だらけにもかかわらず暴れて同じ怪我人を殴ろうとしたヤツだ。今も騒がしい喧騒やらが目に見えるような気がして、げんなりと呟けば。三矢も同じモノを想像したらしい。だがこちらは楽しそうな笑みを漏らして、 『いらっしゃる時が待ち遠しいわ。それまで起きていられるといいのだけれど……』 「確かに、今回は長かったからな。いつそうなってもおかしくないか。他になにかやりたいことがあるなら今のうちだが……」 どうすると、投げかけた視線に三矢はそっと首を左右に振って。空いているほうの手を胸に当てた。 『大丈夫よ。あなたとこうして話ができるだけで、十分。もう心残りはないから。あの方たちも……それに、あなたのことも』 「?」 どういうことだと首を傾げると、三矢は穏やかに目を細めた。 『私が"眠って"も、あなたももう、一人ではないでしょう?』 まぶしそうに、嬉しそうに細められた目に、一瞬言葉を失った。まったく、積極的に肯定も否定もしかねる言葉だ。 「……どーだかな。まあ当分の間はまだまだ否が応でも騒がしいだろうから、暇することはなさそうだが」 結局僅かな逡巡の後、そう言って明後日を向いた。追いかけるように、くすくすと笑う三矢の声が、軽やかに流れる。 本当に、ずいぶんと変わったものだ。この隔絶されたように建つ離れは、なにかを押し殺すようにひっそりとした静寂があるのが常で笑い声など聞くことはなかった。そもそもどこか非日常めいた時間と儚さに、こんな風に馬鹿馬鹿しいほど他愛のないことを話すような雰囲気などありはしなかった。 ――ここの主たる、未来を語る『役目』の為だけに眼を覚ますような彼女が、塞ぎ込むことの方が多かったように。 (たいした変わりようだ。『天原』も三矢も) 自嘲か失笑かわからないものを漏らし、もうひとつ加える。……認めるのは癪だが。 (――多分俺もか) 今も三矢がいてくれればいいという思いまでもが、変わったというわけではないが。確かになかなか愉快なものは増え、煩わしくもあるが人が寄り付くようになってしまった。ジジイの言葉を借りれば、実際「まるくなった」のだろう。 『楽しそうね』 「どこぞのジジイやガキ共に巻き込まれない限りはな」 漏れた溜息に偽りはないが、なおも眼を細めて楽しげに笑う三矢を見て。少しだけ表情を緩める。 多分、もうしばらくすれば再び『眠り』につくだろう彼女。落ち着いたといえど、彼女の『役目』が変わるわけではない。そこで見る『夢』は、変わらずあまり知りたくもない未来かもしれないが。 次、三矢が目覚めた時、せいぜい愉快な土産話を聞かせてやるのに、多少骨を折るのも悪くはないかもしれない。 ――いつか阿栗にもたくさん 大事な人ができるわ―― そう言っていた三矢。それに、「三矢がいればいい」と答えた自分。 本当に大切なものも必要なものもひとつだけだ。それは今も――きっと、これからも変わることはないだろう。 だが、違う誰かにも手を伸ばすのも悪くないかもしれない。以前一時だけ訪れた時間は、決して厭うばかりでもなかったように。 江ノ本が非常識なまでの根性で未来を捻じ曲げてしまったように。 (まあ、あそこまでバカをする気はないが) 願うだけではなく、手を握るばかりでなく。少しばかり、歩き出すことを思い描けるようになったから。 「……なあ三矢」 楽しそうに微笑み続けるその人の手を少しだけ強く握る。 (望む未来をやるよ。三矢) 少しだけ驚いたように目を瞬いた三矢に、唇の端を上げる。 (それもまた三矢にとっての幸せだというなら、悪くないさ) ――どうか貴方が、ひとつでも幸せな『夢』が視られるように。 「『先生』と呼ばれるのも、いい暇つぶしになるとおもわないか?」 いつか貴方の描いた『夢』を、俺も描いてみるよ *意外なほど好きだと気づいたこの二人。マイナーここに極めり。かなり好きなのですv お題「あなたさえ幸せならそれでいいよ。」 |
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