優しさは、残酷なんだよ。  <Tales of ...  <TOP


人は、感じた痛みや辛さの数だけ、人に優しくもなれるという。
――それならば、彼はどれほど傷ついているのだろうか――

------- STARGAZER


「大丈夫か? ティア」
 考え込んでいたティアは、ルークの言葉にぴくりと肩を震わせて振り返った。見回せど見回せど、繊細な装飾の施された白亜の壁柱が乱立するその場所を確認して。今自分はエルドランドにいるのだと確認する。
 ――そして、ルークからのこの問もこれが最初でないことも。
「やっぱ顔色悪いぞお前」
 そう言われて、一瞬だけ肩を振るわせかけたのを全部飲み込んで。ティアは静かに答えた。
「……ええ、大丈夫よ。気にしないで。ずっと前から、覚悟していたことだもの」
 師であり憧れでもあったリグレット教官を敵とし、その存在を否定してしまった。
 ……そのことにすでに後悔はない。一度は喪ったとすら思っていたのだ。思いにしても、ここまできたことも、これから兄もまた同じように戦うことになっても、それはもはや変わることはない。
 ただ――
 鈍く、だが重く息苦しいほどのその痛みにティアは目を伏せる。
 同時に、考えてしまったのだ。彼も――ルークもまた、そのときにはきっと消えることになるのだと――少なくとも、そう覚悟している。こうして一歩一歩ローレライの解放のため近づくにつれ、着実に残された時間もなくなると。
 でも、そんなことなど、ルークには知る由もないのだろう。先ほど散々仲間から茶化されたにも拘らず、同じような理由でこうして心配して声をかけてくるのだ。
 取り繕いきれていない自分への苛立ちもありティアは僅かに溜め息すら吐いて。少しきついくらいに鋭い目でルークに向き直り口を開いた。
「さっきからずっと言っているでしょう? 何度も同じことを言わせないで」
「な、ならいいけどよ……」
バツの悪そうな表情を浮かべて、口の中で何事かをぼそぼそと言って目を伏せて。それでも気遣うように、最後に一度だけ、こちらにも聞こえる声で呟いた。
「無理せずにちゃんと言えよ」
 その言葉だけで、口の中で呟いていたことが、全部分かる気がして。そしてそれを言った彼の優しさを思うと、嬉しくて――でも鼻の奥深くが痛む。
 そういったもの総てを振り払うように、ティアは一度深く深呼吸してから、言った。
「……ありがとう」
 ちゃんと、自分は笑えているだろうか。平気なように見えてるだろうか。
 ……それほどまでに動揺していたけれど、きちんと笑えていたようだ。ほっとしたように、ルークは少しだけ表情を緩める。その思いが――優しさが、今は残酷なものにしかならない。残る時間が短いと知りながら……あるいはだからこそ、思いを募らせるように、なるなんて。
 痛みに引きつりそうになる表情を、今にも消えるのではないかと心配で伸ばしそうになる手を、ぎゅっとロッドを握り締めてごまかす。
 ねえ、私の伸ばす手も、貴方にとって残酷なものになってしまうの? あのときの、死を覚悟しても外郭降下を進めようとした私と同じように?
『怖くて……逃げ出したくなる』――そう言いながらも、彼はここまで来ている。
 隠し事なんて苦手なのに、ここまで――少なくとも表立って気取られていないほどに――ルークはいつも通りを過ごそうとしている。彼の自分勝手で、痛々しいほどのその優しさ。
 そうやって今なお傷つき続けている彼を癒す術なんて、自分にはない。ただ、最初に望まれたとおりに、痛みに逃げることなく向き合い変わっていく彼を見ていること。それだけが、今自分に課せられ許されたこと。
 身に纏う法衣に目を落とす。
 本当になりたかったのは教団兵ではなく……欲しかったのは、大切な人を守る、手伝う力だったはずなのに。この手で残せるのは、痛みをえぐるようなものだけ。あるいは、断ち切ることで終わらせることばかりで。
 このまま手を伸ばさなくてもいいのかと問う声は、いつだって自分の中で現れるのに。でも、その迷いも逡巡も、いつも同じ答えにたどり着く。

 ――これ以上言えば、お互いを傷つけるばかりだから。

 培われた自制と冷静さに、泣きたくなるときもあるけれど。
 優しさで触れることは、もう互いを傷つける刃にしかならないというならば。私は――
 すうっと、深く息を吸い込む。そしてなおも心配そうにこちらをちらちらと見ている彼に、向き直って。ぎゅっと拳を固め、真っ直ぐに緑色の瞳を見返す。
「行きましょう、ルーク。私たちに立ち止まっている暇はないわ。……兄さんを止めなければ、この戦いは終わらない」
「ああ」
 今目の前にあるものをまっすぐに見る。どんなに辛くても、どんなに恐ろしくても、最期まで何もかも見届けて、受け入れる。
 ――それが、最初にどんなに辛くても『変わる』と決めた彼と交わした約束なのだから。
「行こうぜ、ティア」
答えてまっすぐに迷いなく前を見るルークの姿は、ティアにとって辛く――でも何よりもゆるぎない。
 その背を、目を逸らすことなく見つめて、ティアは強くロッドを握り直す。その思いは、恐れではなく、祈りにも似た誓い。



 だからせめて。たとえ残酷と誹られることになっても――どれほどそれが自分にとって残酷でも。
 私は最期まで、変わっていくあなたを見つめ続ける。



*どんなに認め難くても、兵としての思考でどこかで覚悟していたのだと。
だからこそ己を律して、最後の最後になるまで言えなかった気がします。
お題「優しさは、残酷なんだよ。」

2007/5/1 初出  【出雲奏司】

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