日常茶飯事修復法それはまあ、いつもの事といえばそうとも言える、些細なことで。 ただちょっとだけ、タイミングが悪かったというか、少なくともチャットにとっては少しばかり胃の痛いことではあった。 「……ごめんね、チャット……」 「あー、いえ……その」 (いえ、そりゃあ確かに謝られることなんですけどね――) そもそもの始まりは、どうもエンジンの調子がおかしい気がして、つい徹夜でエンジンルームにいたチャットに、ファラが心配して様子を見に来たことだ。図面を広げた状態で眠り込んでいたチャットに、毛布をかけるまでは良かったのだが。 何を思ったか、ファラは見よう見まねで修理を手伝おうと工具を手にして―― 後はもう言わずもがな。説明すると長くなるが、要点だけ言えば、簡単には手の届かない場所まで修理しなければいけなくなったのだ。しかもそれは高い位置でチャットはもちろんファラにも届かないときている。どちらにせよ、専門知識に乏しいため、チャットの指示を受けながらの作業には間違いなく。 ――色々あたふたとチャットが状況を見て、そこまでの結論が出て今に至るわけなのだが。 失意にはまり込んだファラは顔を上げず、さっきからチャットとの間で似たやり取りの応酬が続けられている。 「まあ、それほど大事でもないですし、とりあえず応急処置で何とかなりますから」 必死にフォローしようとチャットは言葉を連ねるが、ファラに立ち直る気配はなく、いっそう落ち込む気配ばかりである。 チャットにも、なんとなく落ち込んでいる原因は分かっていた。 (やはり昔のこととか、思い出しているんですよね……この場合) つい最近、昔仲間――リッド・ファラ・キールの――が招いたという大惨事の話をインフェリアで聞いたばかりだったチャットは頭を抱える。その記憶が新しいこともあって、いつもならなんてことのないことでも余計に自己嫌悪に陥っていることは察せはするのだが。 いつも明るく前向きなファラがここまで落ち込んでしまっていることに、チャットとしては、動揺するしかない。それこそ、こういうときに立ち直らせようと躍起になるのが、ファラだったのだから。 どうしたものかと途方にくれるチャットの耳に、聞きなれた足音届く。それは徐々に部屋に近づいて―― 空気が抜けるような音がして、扉が開くと同時にチャットはガバッと体ごと入り口を向いて叫んだ。 「リ、リッドさん!!」 『助かった!』とも『助けてください!!』ともいわんばかりの必死なチャットの形相に、「なんだぁ?」とリッドは立ち止まって。やがて、肩を落として俯くファラの姿に気づいて更に首を傾げた。 「何かあったのか?」 「それがですね……」 そう言って、チャットが一通りリッドに事情を耳打ちして。寝起きのためかだるそうに、気のない相槌を打っていたリッドはあくび交じりに問う。 「ふーん。で?」 「いや、ですから……」 しきりにちらちらと目配せでファラを示すチャットに、ようやくリッドは「ああ」と頷いて。チャットがほっとしたのもつかの間。 「お前が落ち込んでどーすんだよファラ」 「……え」 そういって絶句したのは、チャットだ。ぴくりと、ファラの肩も震えて、いっそう縮こまるように顔を伏せる。それを見てハラハラとするチャットをよそに、リッドの言葉は容赦なく続く。 「俯いてんなよ。そんなことやってっと、ラシュアンの風車が止まるどころか、本気でバンエルティアまで止まるぜ」 「な……っ、ちょ、リ、リッドさん!?」 (傷を煽ってどーするんですか!?) チャットが慌ててリッドに向かって手を伸ばすが、リッドは全く調子を変えず飄々と続ける。 「そんなことしたって、元に戻るわけじゃねーんだろ」 痛々しいほど息を呑む音がファラから漏れる。 (いや、それは確かに正論ですけど!) この場合はふつう慰めるのではなかろうかと、動揺したチャットは慌ててリッドに反論する。 「いくらなんでも酷すぎですよ! ファラさんの……」 コトも少しは考えて、と思わず勢い込んで続けかけたのを、リッドはあっさりと遮った。 「大体いまさらだろ。何が何でも首突っ込んでお節介してややこしくすんの。巻き込まれるのも、尻拭いももう慣れた」 ぽかん、と。そんな擬音語が聞こえそうなくらい、ファラは口を開けていつの間にか顔を上げている。……たぶん自分も同じような表情だろうと思いながら、チャットはなんともいえない気分でリッドの顔を見上げた。 一方のリッドは、いつもとまったく変わらない様子で「だから」、といって続きを口にする。 「応急処置でも当分何とかなるんならとっとと直しちまおうぜ、チャット。ファラは飯でも用意しといてくれよ」 「……へ?」 「適材適所」 とっとといけと言わんばかりに手をひらひらさせるリッドに、ファラは不意に日が差したように笑顔を取り戻す。 「……うん。そうだね! ごめんね、チャット。リッドと修理、お願いするね」 「イ、イエッサー!」 勢いに飲まれるように思わずチャットが敬礼をすると、ファラも笑顔できっちり返す。パタパタと軽い足音とともにファラが部屋を後にするのを、チャットはリッドと二人見送って。 思わずチャットは肩を落として、「……よかったー」と大きな溜め息を吐く。 「まったく……冷や冷やさせないで下さいよ」 じろりとチャットは睨むが、一方のリッドは「なにがだ?」と首を傾げる。 「いつものことだろ? 気にすんなって」 「そりゃあ確かに、いつものような(リッドさんの)命の危険はありませんでしたけど……」 (それに船の中で機械が二次被害を受けてしまう心配はなかったですからね) チャットは皮肉を込めて返してみたものの、リッドは気づいていないのか応えた色などかけらもない。 結局、一体何がなんだか分からないまま、チャットは腕を組んで頭を抱える。 (ボクもまだまだ修行が足りないってことなんでしょうか……) こういう慰め方というか励まし方も、少なくともこの二人にはあるのだと。そういうことなんだろうか(とてもそうには見えなかったが) どこか釈然としないものを感じながら、チャットは大きく溜め息を吐いた。 (まあ、とりあえずファラさんが元気になったのは本当ですし――) のんきにあくびをして伸びをする姿をチャットはジト目で見ていたが、目が合うといつものように笑ったリッドに。考えてもどうしようもないか、と組んでいた腕を解いた。 (ま、ヨシとしましょうか) 「じゃ、さっさと修理して飯でも食おーぜ」 「あ、はい」 いつもと何も変わらずマイペースに進むリッドの背を、チャットは急いで追いかけた。 とりあえず、幼馴染みというのは伊達ではないのかもしれないと思いながら。 *大人のようで、得意分野以外は割りと抜けてるイメージなチャットでした(違うかも。自信なし;) リッドは策士とか計算ではなく、本能とか天然に近いトコで扱いを知ってたらいいなとか。 お題「俯かないで。」 |
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