「ねえおとうさん。どうしてヴェイグはあやまるの?」 ------- Repeat after me. ヴェイグが家に来てからまだ間もない頃、彼が熱をだしたことがあった。 そのときのヴェイグは、なにを言ってもなにを差し出しても謝るばかりでクレアは悲しくなって泣き出してしまった。看病は母親に任せて父親から子供部屋から連れ出されたクレアは、理由がどうしてもわからなくて涙で真っ赤になった目で父親にそう聞いた。 「どうしてヴェイグはあやまるの? ヴェイグはわるいことなんてなんにもしてないのに」 ぐずぐずと鼻を鳴らして聞いたクレアを抱き上げていた父親は、クレアを椅子に下ろすと、自分も向かい合うように座った。そうして、父親は考えるようにゆっくりと口を開いた。 「そうだね……でもきっとヴェイグはクレアに悪いことをしていると思っているんだろうね」 その言葉に、クレアは真っ赤な目をまたたいた。 「どうして? 一緒に遊べないから?」 自分なりに考えて問いかけるクレアに、父親は「それもあるかもしれないね」と頷いて。 「ヴェイグはね、自分のせいでクレアが看病をしているのが『悪いこと』だと思っているんだよ」 「どうして? ヴェイグは病気がつらくないの?」 「クレアは熱が出たときつらくなかったかい?」 ふるふるとクレアは首を振る。クレアがヴェイグと同じようになったとき、とても苦しくて、それに友だちにも会えなくてとてもとても寂しかった。 クレアがそう言うと、父親も頷いて。 「だからクレアには不思議なんだね」 「……うん」 「ヴェイグが心配かい?」 こくり。 頷くそばから、心配で収まりかけていた涙が目に浮き上がってくる。 「早く治って欲しいかい?」 ぶんぶんと首が外れてしまいそうなくらい、クレアは頭を上下に振る。 だから、ヴェイグの側にいて、病気を治すお手伝いをしたいと思ったのだ。 再び涙をこぼしたクレアの頭を、大きな手がよしよしと撫でる。 「うん。クレアはいい子だね。なら、ヴェイグにそういってあげよう」 「え?」 目をぱちぱちさせたクレアに、父親は片目を閉じて笑って続けた。 「ヴェイグが大好きだから、心配で病気を治すお手伝いをしたいんだよ、ってね」 「そうしたら、ヴェイグはあやまらない?」 不安そうに見上げるクレアに、父親は大きく頷く。 「最初はまだ少し困るかもしれないけど、そうしたら何度でも言ってあげるんだ。わかってくれるまで、ね」 いいね。と。ぽんぽんと父親は頭を撫ぜて。すっかり真っ赤になってしまったクレアの顔を軽く拭ってから、椅子から下ろした。そしてクレアの背をぽんと押す。 「よし。それじゃ、その顔を洗ってからお水を持っていってあげよう。きっとのどがかわいてるからね」 「うん!」 ぱぁ、と顔を輝かせてクレアは大きく頷いて。ごしごしと顔を洗うと、コップに注いだ水をこぼさないようにしっかりと抱えて、ぱたぱたと子供部屋へと駆けていった。 ――そう、何回でも大好きだと伝えて、そばにいるために―― 「クレア……か?」 とても擦れた低い声。 幼いころを思い出していたクレアは、はっと気がついて声のする方へと振り返った。 「あ、ヴェイグ。気がついたのね」 気がついたことにほっとしながら、クレアは思い出していたときからずいぶんと成長している彼に笑いかけた。久しぶりにヴェイグが熱を出したから、思い出したのかもしれない。クレアは小さく微笑みながら、額に乗せて温くなったタオルを取りながら声をかけた。 「気分はどう?」 「ああ……もう、大分いい」 言いながら起き上がろうとしたヴェイグに、クレアは慌ててその肩を押さえて、ベッドに押し付ける。言葉の割りに息が切れているし、顔はいつもよりずっと赤い。 「だめよ! まだ熱が下がってないわ」 頬を膨らませ、眉尻を上げてにらみつけるクレアに、ヴェイグは途方にくれたような表情でおとなしく起き上がるのを諦めた。クレアが額に乗せていた布巾を取り替えるのと一緒に熱を確認すれば、平気というにはずいぶんと高熱だった。「もう……」とクレアが小さくつぶやくと、居た堪れない様にヴェイグは目を伏せて。 「……すまない。おじさんとおばさんにも迷惑をかける」 『ごめんなさい』が『すみません』に変わっただけで、未だに変わらない彼の言葉。 少しだけ寂しい思いになるけれど、今となっては仕方がないとも思う。とても優しいのに、自分には厳しいヴェイグだから。 ねえ、あと何回。私はあなたに『大好き』と伝えたら分かってもらえるのかな? でもきっと積み上げた『好き』の数だけ、気付いてくれた時にあなたは分かってくれるから。だから何度でも私たちは言わなければいけない。 「私もお父さんもお母さんも、みんな心配で好きでやってることだもの。気を遣ったり無理したりしないで、早く良くなってね」 戸惑うように、困ったように。複雑な表情で、でもクレアにだけわかる小さな笑みで彼は言う。 「……ありがとう、クレア」 ほら、ね。 昔なら、すぐには出てこなかった言葉も、素直に受け入れてこうして返してくれるようになった。 くすくすと微笑んでクレアは「どういたしまして」と答える。 きっと今日も明日もこれからもずっと。私たちは、何度でも『大好き』を伝えて、彼が気づくその時まで楽しみにその数を数えていく。 *ベネット一家が本当に大好きなんです(くどいわ) お題:「君が好きだと、何度言えばわかるんだい?」 |
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