5.手を繋ぐ  <Tales of ...  <TOP


 『元』導師と同じ服と姿を持った少年は、だがかつての導師の特徴でもあった歳の割りに老成した穏やかさの代わりに、その活発さを遺憾なく発揮して無邪気にアニスを翻弄していた。


5.手を繋ぐ



「あーもー! 教会の中で走り回らないのっ」
 すれ違う教団兵の間からくすくすと笑い声が聞こえてくる。もーホントにやんなっちゃう。高い天上までわんわんと響く自分の声に耳を塞ぎたくなりながら、あたしは忙しく鬼となって追いかける。
「フローリアンっ!!」
 そう『元』導師の衣装を翻して走り回る、フローリアンを、だ。
「でもアニス、楽しーよ?」
 行動に相応しく跳ねる声は、彼にあげた名前の通りどこまでも素直で無邪気だ。だからといって、それを許すわけにはいかないけど。ほら、三つ子の魂は百までって言うしっ。
「楽しくてもダメなのっ!! 危ないし迷惑でしょーがっ」
「だって、こんなに広いのにー?」
 飾りに近い形ではあったけど、かつてイオン様が教団を統べるべく存在していた場所なのに。いくら同じ姿していると言っても、フローリアンにとってここは格好の鬼ごっこやかくれんぼの場所に過ぎない。……まあ、当然っちゃそうかもしれないけどっ!
「理由になってなーい! っつーかもう、探すこっちの身にもなってよぅ……」
 遠ざかる笑い声と背中を見ながら、肩で息をしながら溜め息(と言ってももう酸素不足の過呼吸なんだかわかんないくらいだけど)を吐いて立ち止まった。いっくらこっちもぴっちぴちで若いっていったって、さすがにもーギブ。幼児の体力+青年の体格もったあの子に正面きって付き合える体力のある人なんて、(とりあえず教団内には)きっといない。
 はあ、と大きく息を吐いて。ふと、昔も同じようなことを言っていたのを思い出した。
『勝手にお一人で出歩かないでくださいっ。お探しするあたしの身にもなって下さいよぅ』。
 そういうと、いつも決まって「すみませんと」困ったように微笑っていた、イオン様。
 ちっとも似てないのに……思い出して。ちょっとだけ、視界が滲んで。慌ててうつむいて首を振った。
「なんか……全然、こーいうとこ変わってないなぁ」
ぽつりと、取り残されたように言葉だけが響く。顔だけでも笑ったつもりだったけど、失敗してる気がする。
 口にした言葉はフローリアンのことじゃない。あたし自身がだ。こうして気が付いたら、目をはなしてしまって、あっちこっち捜し歩きまわっている。
 零れそうになるものを必死で堪えて、唇を噛む。油断すると、あっという間に想いに飲み込まれそうになるあたしは、やっぱりまだ前に進めていない気がする。後悔はしないって、絶対に守るって決めたのに。
そう思うと、なんだか悔しくて……辛くて。
「……アニス?」
 ぽつんと。ふと気付くと、遠くまで走っていっていたはずのフローリアンが目の前に立っていた。
「アニス、疲れちゃった? ごめんね?」
 ものすっごい不細工な顔が、緑色の綺麗な瞳に映ってる。
 あーもー、アニスちゃん不覚っ。
「んーんっ。違うの大丈夫っ!」
 おろおろと心配そうに顔をのぞきこむフローリアンに、慌てて目尻に滲んじゃってたかもしれないものを拭って、あたしは笑って立ち上がる。
「心配しなくても、これはフローリアンのせいじゃないよ。ちょこーっと疲れちゃってただけっ! そう、汗が目ん中に入っちゃったのっ」
 ぽんぽんとかがんでもらってようやく届くその頭をなでて、「でももう建物の中で走り回るのはダメだかんね?」と、釘を刺すことも忘れない。
「うん。ちゃんとアニスと一緒にいるから」
 神妙な表情でフローリアンが頷く。災い転じて福となすって言うか。ちょっと悪い気はしたけど、これで暫くは大人しくしてくれそうだなーなんて考えていたら。
「そうだ!」
 何かを考えるようにじっと手を見ていたフローリアンが、ふとぱっと顔を輝かせた。
「ね、こうしたらアニスもずっと一緒だよ!」
 そういって、フローリアンはあたしの手を両手で握った。
 ぎゅっと硬く握り締めたその手は、なんだかとても暖かくて大きくて。
「ほえ?」
 すっごい間抜けな声を上げて見上げれば、とびっきりの笑顔がそこにはあった。
「ね、いい考えでしょ?」
 『一緒だよ』と。遠くに行かないからねと。握る手は、確かに主張していて。
 ゆっくりとゆっくりと。染み込むように温もりが胸の中にも広がって。あたしはまた泣きそうになった。それでも、それは悲しいからじゃない。とてもとても、幸せだったから。
 やっぱり、あたしこの顔に弱いんだなぁって。きっと、それはこれからも変わらないけど、でも。この笑顔は、思い出の中のどの笑顔とも重ならないから。
「……そうだね」
 どうか、どうか幸せに笑っていて。
 そう、心から願うことの出来る今の幸せに。
 まっすぐに見返して、握られた手に握り返すことの出来る幸せに。
 あたしも、フローリアンに負けないくらいの笑顔で言った。
「いこっか、フローリアン」
「うん!」
 一緒に同じ場所に向かって足を踏み出そう。
 もう見失ったりしないで、ずっとこの手を繋いでいよう。
 何のためらいもない、この笑顔と一緒に。




*最後はほのぼのでv

2006/05/08 初出  【出雲奏司】

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