ノウゼンカズラ  <プラチナガーデン  <TOP

 ずっと昔、その名の通りどんな高い樹にも巻きつき寄り添い咲く、凌霄花を戯れに飾って他愛無い約束をしていた。
 『この花の花言葉の示すもの全てをあげるから自分の元においで』と。
 梨々子は「はい」と、従順に頷き返してくれていた。


ノウゼンカズラ(のうぜんかずら/凌霄花)
――花言葉:栄光・名声・名誉・光栄・華のある人生・豊富な愛情・名誉な女性・愛らしい・女性らしい



 最後まで男の名を聞くことはしなかった。聞けば卑劣な手を尽くさずにいられる自信などなかったから。
「……行くのかい?」
 あの男と共に。問いかける言葉に困ったように、だがそれ以上に幸せそうに「ええ」と微笑んだ梨々子になにが言えるだろう。見慣れていたはずの幼馴染の見慣れぬ凛と強い決意を秘めた表情に、天原摂は目を伏せた。
 幼い頃から互いに一番近い場所にいて、想い合っていたと思っていた。周囲にも反対する者もあろうはずもなく、一対の人形のように定まったものと。おそらくは一族全員がそれを疑っていなかっただろう。
 それぐらい自然に、ずっと当たり前のように共に在れると思っていた。摂自身、いつの間にそれが違っていたのか気づけなかったほど。
 ――だが。梨々子が選んだのは、そんな周囲の思惑から遠く外れた、しかも天原の者ですらない人間だった。
 人形のように愛らしいその姿とは裏腹に、一族に従順なだけではない激しさをも秘めていたのだと。初めて知ったその一面は、それでも摂に心変わりを与えるほどのものではなかった。
 せめて恨み言の一つでも言いたいと、摂は意地悪く問う。
「ここで私が他の者を呼んだらどうするつもりだったんだい?」
「『摂兄様』はそんなことなさらないわ」
「……むごいことを言うね、君は」
 その言葉に、彼女の微笑が泣きそうな色を見せた瞬間、摂はその手を引いて腕に閉じ込めた。「摂様」とかすれた声を聞こえない振りをしてきつく抱きしめる。このまま攫えるものなら自分が攫いたかった。だが、どれほどつなぎとめようとも、心はすでに他所にあることを知った上でそうできるほど、求められない己の弱さが厭わしい。
 腕の中に閉じ込めたものは、安らぎではなく硬く身を強張らせている。このようにもうすでに、梨々子はそれに惑わぬほどに選んでいるというのに。
 胸を押す小さな掌の力に、最後の楔を抜き取るように腕をひいて。「すまない」と口にするのを遮る様に、
「ごめんなさい……」
 擦れた声で、ようやくのようにその言葉が梨々子の口から搾り出された。かつて互いの意思は、一族の公認であり絶対のものだった。だが今はもう目尻に溜まった涙が示すのは、自分に対する思慕ではなく謝罪。
「……行くのだね」
 栄光も、名声も、一族にとって何より名誉な女性としての地位も。望めばなにもかもが手に入るこの場所を捨て、それでもかと。
 すでに、自分の言葉が確認になっていることに気づきながらも、互いに真っ直ぐと交わす瞳で言葉なく問えば、それを受け止め彼女は瞳を滲ませて笑う。
「……それでもやっぱり一緒にいたいの」
 もはやそれは、自分に向けられるものではないと突きつけられる。選ぶと言うことすらもはやそれは出来ぬほどの強さで。
「誰よりも、何よりも、あの人が――」
 そう、皆から寄せられた数多の慕う言葉も、一族の責務のなにもかも捨ててでも。
 唄うように、夢見るような甘さを持ちながら。それでもその覚悟は揺るぐようにはとても思えず。
 そこまでの覚悟を持つ者に何を言えよう。
 ならば――
「行っておいで」
 最後の別れを告げにきてくれた彼女に、自分に出来る望むものを与えようと。花を手折るようにはっきり摂は告げる。
「摂様……」
 もう、「兄様」とは呼ばない梨々子に、微笑むことが出来たのかは定かではないが。ゆっくり、そしてはっきりと摂は最後の糸を断ち切った。
「私は追わないよ」
 決して祝福は贈れないが、それがせめてもの餞の言葉と。そしてなにひとつとして、遺させはしないと。
 察しているだろう彼女も多くは語らず、ただ頭を下げ別れを告げる。
「はい。……さようなら。そしてどうか、お元気で」
 凌霄花の下で、身を翻して。梨々子の纏う臙脂色の夏服が、軽やかに蒼穹に踊って消えた。
 どうかお幸せにと、微かに聞こえたそれは優しき願いか刃か。今は痛みにしか成り得ないその言葉のせいなのか、頭上で蒼空を目指し狂い咲いていた臙脂色の花を一つ落とした。
 残された花の元に全ての富は残れども、喪われた想いを接ぐものはなく。蒼穹から振り落とされたその花を、摂は拾い上げ目を伏せ握り締めた。


 いかに似た花はあれど、同じ花は存在しない。
 昔咲いて飾った『凌霄花』は、今はどこに咲いているだろう――



*あの花が見たおばーちゃんの姿と言葉って、内容的に絶対に摂様相手のものだろと思ったので、こんな感じに。お題の花言葉から相手を瑞貴と花のじーちゃんどっちにしようかなと迷って、意味的に分かり易い方とりましたと。
 ……というか、いっそここまで需要無い色物もなかろうて……(本当にな)

2007/09/10 初出  【出雲奏司】

もしよければぽちっと励ましいただけるとよろこびますv≫別名:更新脅迫観念促進ボタン(笑)

ノウゼンカズラ  <プラチナガーデン  <TOP

inserted by FC2 system