うつりゆく彩  <プラチナガーデン <TOP



 いつから、だろう。
 ふとした折に、それは視界の端の方で、過ぎる様になった色。

 少しずつ変わり始めるその『なにか』は、一体何をもたらすのだろうか。



  うつりゆく彩 -- It is Prism.



「瑞貴、いつ帰ってくるですかね」
 夕食の準備手伝いますと言った彼女とキッチンを往復して。ふと、準備を終えてその手を止めた彼女がそう言った。その目にあるのは、足りないものを探すような――あるいは待ちわびるような、案じるような色。
 ほんの僅か目を細めて、灰人はその独り言に応えるように口を開く。
「今日も委員会だって?」
「ハイ。壮行会の打ち合わせだって。たぶんそんなに時間かからないだろうから待とうかなーとか思ってたくらいなんですケド――」
 ちらりと視線を投げかけられた時計の短針は、6の数字を越えている。
「ずいぶんとかかってるね」
「そーなんです」
 ちらちらと時計の針を気にして、落ち着かないようにうろうろとリビングを見回して。
「……気になる?」
「え?」
 キョトン、と彼女は目を瞬いて。すぐにあわあわと手を振って見せた。
「え、あ、いや、見えるとこにいないと気になるとかそーいうワケじゃないんですけどー……」
 慌てたように僅かに顔を赤くして目を逸らす。
(かわいいというか、分かりやすいというか)
 その反応に灰人は僅かに唇の端を上げ、夕食につくったコーンスープ――の取り分けた残りをカップに入れたモノ――を彼女に差し出した。
「落ち着かないみたいだったから。……心配事?」
「あ、えーと」
 じっと見られてか、それともスープを渡されたためか、少し迷って彼女はぺたんとソファに座り込んで。そのクリーム色のスープに目を落としながらこくんとうなずいた。
「そう……ですね。瑞貴、あっちこっち忙しそうですし」
まぁ半分はあたしのせいかもなんですケド。
 えへへと笑って見せながらも、困ったように眉尻を下げているのが見えた。渡された出来立てのスープを「いただきます」と口をつける。
 それを見ながら、灰人はテーブルクロスを広げて、淡々と口を開いた。
「……最近は仕事もあまり入ってないから、大丈夫。本家のほうで風当たりが強いのはいつもの事だし。むしろ昔に比べたら今はずっとマシ」
 心配ないと言うと、彼女の表情が少しだけ緩んで。「ハイ」と嬉しそうに笑う。
「……やっぱり灰人さんはやさしいです」
チョットだけ、安心しました。そう言って残りのスープを全部飲むと「美味しかったデスv」と立ち上がった。
「雨降りそうだし、スープの分消費するお散歩ついでに瑞貴迎えに行ってきますね」
 落ち着かないから迎えに行くことに決めたらしい。確かにうだうだと考えて待つより、それがよほど確実だろうと灰人は少し笑って。
「わかった」
 頷いて彼女の手からカップを取り上げながら、裏口を示す。
「傘は裏庭に干してあるから」
「ラジャです」
 スキップするように軽い足取りでパタパタ準備をする彼女を眺めて、声をかける。
「そろそろ日が沈んで暗くなるだろうから、気をつけて」
「はい! 行ってきますッ」
 空気さえも明るくするようないつもの彼女らしい笑顔を残し、楽しそうに駆けていく後姿を見送って。
 ……無意識のうち、かすかに溜息を吐いた。

――やっぱり灰人さんはやさしいです
――チョットだけ、安心しました

 七瀬さんの言っていた通り、八重様に呼ばれたというあの時に聞いたのだろう。時折落ちる沈黙となにかを躊躇う目。それらが薄々自分の――『乾の役目』に気づいているように感じさせるのは、気のせいではない。
 だが、それにもかかわらず、彼女は変わらず自分を”やさしい”と言い。信頼するような笑顔を向ける。時にこちらが自嘲の言葉を吐いてしまわずにはいられないほど、純粋な瞳で。
 それを素直に喜ぶことなどできないはずなのに。
 『役目』も『私情』も、それを認めることなど不可能であると言うのに――あの信頼の目を失いたくはないと願う自分がいることも、確かで。
「変わる……か」

 彼女に引きずられるように喜怒哀楽を見せ、『高校生』に見えることが多くなった瑞貴。
 まだ明確ではないにしろ、特別な好意を瑞貴へ滲ませるようになってきている彼女。
 そして『役目』に以前にはない違和を感じる自分――

  ゆっくりと目を伏せ、自分の手に目を落とす。
 迷うわけではない。その時が来れば間違いなく役目を果たせる自信はある。ただ、それを誰より悲しむだろう者彼女がいることを知っていることが――
 長々とため息を吐き、思考を打ち切った。これ以上は堂々巡りを続けるだけだと見切りをつける。
 ……そう、ただ。
 何かが変わり始めていることは間違いないのだろう。そう感じるから。
 目下の問題は――
(どうするつもりだ? 瑞貴)
 あくまでも婚約者『役』を彼女に望んでいると言ってはいるが、意識してか無意識でかは知らないが本音の感情でそれ以上であることは誰の目にも明白だ。だがどちらにせよ、そう簡単に本家が許しを出すはずがなく、恐らくは今まで以上に辛辣な手口で引き剥がしに来るだろう。
 果たしてこれ以上『本当の意味』で巻き込むだけの覚悟がアイツにあるのか。また正月のときのように突き放すか――
 後者のほうがありそうだと、フーと再び息を吐く。
「……アッチもコッチも忙しいことだ」
 正直なところ瑞貴がどうなろうと構わないのだが、彼女の沈んだ顔を見るのは忍びないから。まぁとりあえず先回りで嫌がらせでもしとくかと、灰人は冷蔵庫から人参を取り出した。



-END-



*多分Take29と30の間くらいの花が自覚した辺りの話。
最初はものすっごいほわほわ軽い話にしようとしたはずなのに書いているうちにあちこちおかしく。どして? と(苦笑)
メインは花の意識し始めたことだったのになぁ(どこらへんが?とか聞かないで下さい)
こういう微妙な話は、割と書きやすくて好きです(書くのが)

2007/6/12 [ 出雲 奏司 ]
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