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  間奏曲 -- The simple answer.


「本当に瑞貴君と幼馴染だったんだねー」
 花ちゃん駅まで送ってきたよー、と天原邸に顔を出した七瀬に、準備よく紅茶を出した灰人は一瞬だけ手を止めてから微かにため息をついた。
「……聞きだしたんですか」
「やだなぁ、それじゃまるで僕が吐かせたみたいじゃない〜」
 ヒドイよ灰人君〜とよよと泣き崩れる七瀬を尻目に、灰人はマイペースで作業を続ける。
 いつも通りオーバーリアクションでもって言う七瀬の言葉に説得力など皆無だが、どちらにせよ知った事実に間違いは無く、それは灰人が気にすることではないのだから。
 なんの反応もない灰人に、わずかに七瀬は苦笑しながらゆっくりと口を開く。
「でも、おかしな話だよネ。記憶が戻って一番困るのは、花ちゃんのハズだろうに」
 黙々と今度は自分用に紅茶を入れる灰人を横目に、七瀬は独り言のように続ける。
「花ちゃん、もうここに戻れないかもって思ってるみたいなんだよね。瑞貴君に嫌われちゃったって、怒らせちゃったからって」
「『記憶が戻ったから』……ですか?」
「そう」
 クツクツと七瀬は笑う。
「変だよね。花ちゃんの性格からしたらその記憶戻ったのって、瑞貴君に『弱み握られた同然』で、瑞貴君にしてみたら都合がいいことこの上ないのにねぇ。手放すどころか、これでとことんまで利用しても文句言えないだけの理由が出来て、瑞貴君が喜ぶことはあっても、怒ることなんてないだろうに」
 もしも本当に、彼女が感じたとおり怒っているとならば、その理由は何だというのだろう。
 恨んでいたりそもそも嫌っているなら、『利用する』という名目だろうと、はじめから自分のそばに置こうとするはずがない。そもそも記憶が戻ろうが戻るまいが、その好悪が左右されるはずがない。
 ……記憶が戻って不機嫌になることは、それこそ彼女が負い目を感じて純粋な気持ちで瑞貴君を思わなくなるからか。あるいは、彼女が自分との記憶のために自己嫌悪に苛まれて笑顔を失って、罪悪感を与えて……泣いてしまうから。――自分のために苦しめてしまうから。
 事実を並べれば、こんなにも分かりやすくかわいらしい思いなのに。
「ホントにホントに花ちゃんのこと大事に思ってるクセに、瑞貴君もちょっと捻くれてるからねぇ。花ちゃんの勘違いも仕方ないとは思うケド」
 ふう、と熱い紅茶をふいて冷まそうとする七瀬の横で、灰人は盆を軽く叩いて目を伏せる。
「ちょっと、ですか」
「アハハーどうだろー」
 七瀬は一口ストレートで飲んだ後苦味にちょっと顔をしかめて、牛乳と砂糖を投入してぐるぐるとかき回す。
「ま、そうなってしまった責任が『天原』こっちにあるって言われたら、ぐうの音も出ないケドサ」
 さくりと、出されたスコーンを割りながら七瀬は微苦笑する。
「瑞貴君、自分に好意を向けられるのも、謝ってもらうのも慣れてないんだろうね」
「……慣れていない、ですか」
 洗い終わった茶器を軽く水を切るように振って、乾燥機に置いて灰人は息を吐くように言う。
「嫌われてるのを笑顔でかわしてあしらうのには慣れてますけどね」
 それこそ、波風を立てぬように淡々と作業をこなすように、完璧な所作で望まれる当主を演じ上げて見せる。
 ……そう、一部の人間に対してと『彼女』のことを除いては。
 時に胸が痛くなるほどのそんな振る舞いを知っているからこそ、七瀬にはその不器用さがどうしようもなくもどかしい。
「だからこそ、あの坊ちゃんの背中蹴とばしてやろうと思って寄ったんだけどねぇ……」
 花ちゃんの泣き顔を見てしまったこともあって、少し焦りもあったけれど。ゆっくりと時間をかけて自覚を待つ方がいいのかもしれないと、七瀬は思う。
「まだ戻ってないし自分で悩んでもらうためにも、お正月まで待ちますか」
ボクも仕事あるしね、と残っていたお茶を流し込んで。ゴチソーサマデスv と手を合わせた七瀬に、軽く灰人は頷いた。
「まあ、気づいていないのは本人たちだけですから」
「本当にね」
 じゃあ、次は本家で。良いお年を。そう片手を挙げて、七瀬は屋敷をあとにした。外気に触れたとたん、著しい温度差にぶるりと身を震わせて。肩をすくませるように車まで小走りで行く。吐き出す息は、熱いお茶を飲んでいたせいかいつも以上に白い。
 温度差が激しいものほど、はっきり見えてくるものなのだろう。
 今頃、一人きりで吐く息の白さに気づいているだろう少年を思い、七瀬は微笑んだ。
「そろそろ少しは自分の気持ちと向き合って、悩んで悩んで認めてもらわないとね」
 何をどこまでためらっているのか、まったく分からないわけではないけれど。このまま中途半端な思いのままずるずると行くことがよいこととは思えない。
「……そんなに大切に思うのなら、覚悟を決めてもらわなきゃ困るんだよ、瑞貴君」
 人を好きになることは、ずっと一緒にいることを望むことでもある。そうでなくても、あの『天原』相手をしながらの恋愛だ。側にいることを望む限り、彼女の泣き顔も、苦しむ顔もこれからはずっと付き合うことは多くなるだろう。
 ……誰より、瑞貴君のために。
「彼女だって、君が思うほど万能な人間じゃないんだよ」
 あの恐れを知らぬかのように、どこまでも前向きで打算もなく手を差し伸べてひっぱりあげて笑い飛ばす少女。
 でも、いつでも笑顔でいられる人間なんていない。大切な人であればあるほど、一緒に喜べるように、苦しみも分かち合ってしまうのだから。決していいとはいえない彼の状況を知るほどに、その笑顔が曇る機会が無いとは決していえないだろう。
 まあ、そればかりを望んで側にいるわけじゃないとは思うけれど。
「ボクとしては、だからって失う覚悟だけをしてもらいたくはないんだよね……花ちゃんのためにも」
 どうして彼女を偽であれ『婚約者』に選ぶ形で巻き込んだのか。その意味を、きっと彼はまだ完全には自覚できていない。あるいは分かっていても、きっと認めていないのだろう。そんな中途半端な状態では、誰にとってもいい迷惑だ。
 まして、誤解を解かないまま、誰もを傷つけて救われずに終わることなんて、あってはならない。
 どんな理由があれそのまま突き放して遠ざけるのではなく、せめてちゃんと二人で話してから決めなくてはいけない。傷つくのが怖いのか、傷つけるのが怖いのか、ちゃんと考えて思い知らなければ、何度でも彼は後悔するだろうから。
 自力で気づけばよし、それでも迷うようなら背中を少し押してあげればいい。
 そうやって迷う少年らしい彼の姿は、半面で嬉しくもあるから。こんなことでもなければ、自分もお節介ができないわけだし。
「さーて、ボクも本家に年始のあいさつ行く準備でもしますか」
 離れていく光を見ながら七瀬は小さく笑った。


 年明けという、新しい始まりと仕切り直しの時間はそう遠くはないのだから。




-END-



*リアルタイムで見ているときは、花に引っ張られて「うわーん、なんでー(涙)」と混乱していたのですが。
落ち着いて第三者の目で見ると、本当に微笑ましいくらいの不器用な愛情だよなと。
2007/5/10 [ 出雲 奏司 ]
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