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 当主の離れのある庭には、夏になると一つだけ目を引くものが増える。
 いつの頃からかは分からなかったが、それは深緑の木々の中でひどく鮮やかな朱色の花を咲かせている。


  凌霄花 -- 花愛



 その植物が根付いた当初、はじめは花が咲くとも知らず、見苦しいからと切ろうとした者もあったらしい。だが当主である少年が自ら植えたらしく「一夏がくるまで待って欲しい」と請われて以来、毎年空しか友としなかった一際高いその木に夏の間だけではあるが、彩が増えるようになったのだ。
 均整の取れた緑木の中咲き乱れるそれは、調和を乱すものと庭師で眉を顰める者もなくはなかったが。当主その人に真っ向から異議を申し立てるほどのことでもないと思ったのだろう。そしてまた、部屋の手入れのため離れを行き来する使用人たちの間では、それまでの緑一色より『華があっていい』とその目を楽しませ、和ませるものとして好評だったから。蔓性のそれはそのまま伸びやかに成長を続けていった。
 一度だけ、その花を見る瑞貴様をお見かけしたことがあった。元々お身内にも、屋敷で働く者にも分け隔てなくいつも穏やかに微笑んで下さる方だったけれど、その時の表情はひどく優しく慈しむ様な目で。まるで思う方でも見るような眼差しに、何かを重ねて見ていらっしゃるのだろうかと、内々で――といっても使用人の中だけではあったけれど――噂になったことがあった。
 あの方この方と将来奥方にと選ばれるだろう天原の姫の方々を思ってはみたが、どの方にも興味を示されないことは有名なことだったから。結局誰もこれだといえるほどの確証もなく、また、ただ一度垣間見ただけの表情が元となっていたものだから、いつしか消えてしまっていたそれは、後になって意外な形で思い出されることとなった。
 そう。それはやがて一番高い庭の樹木を覆わんばかりにその蔓が成長したころ。
 瑞貴様が外の方――天原ではない方を婚約者に選び一緒に暮らし始めたと本家で騒ぎが起きて。従順で温厚な印象を与える方だったから、その思い切った行動はひどく皆を驚かせたものだった。
 もっともその後のことは、まるで絵に描いたような恋物語と呼べるもので。当然のように反対の憂き目にあい、一時は駆け落ちにまで至ったその顛末は、しかしみごとな大団円を迎えて今では語り草となっている。
 意外な結末に動揺した一族の方も少なくなかったというが――……
 だが瑞貴様の選ばれたその方の名を知ったとき、屋敷で働く者全てが納得したのだ。

 そう、かつて愛でていらしたその花の名は。今は夏だけでなく年中咲き誇るようになっている――




「奥様……カズラ様?」
「あ、ごめんなさい」
 探してた方の姿を見つけ呼びかけると、天原には他にない軽く結われた目に鮮やかな金の髪を揺らしてその方は振り返った。
 瑞貴様がただ一人お選びになり、『外』で見つけ出した方。複雑な経緯の末、天原の血筋を認められ本家で一年の修行の後、結婚なされた。今では無事当主の妻となられたけれど、まだどこか幼ささえ感じさせる愛らしい方。瑞貴様とはまた違った、明るく親しみを感じさせるその笑顔は、自然と見ているこちらも笑顔にする。
「なにかあったんですか?」と首を傾げられて、こちらも用件を告げる。
「茶道の先生がおみえになりました。いつもの茶席にお通ししてますので――」
「わわっ、忘れてましたッ! ありがとうございますー!」
 言葉の途中で顔を青くして、ぺこりと頭を下げると慌てて着物の裾を翻す。昔に比べて随分と上手くなった着物での駆け足は、感心すべきか否か。行儀がいいとはいえないそれもどこか微笑ましくうつってしまうのは、その伸びやかでなにものにもとらわれない一生懸命な気質を知っているから。
 天原の姫と呼ばれた方々に比べれば確かに教養と呼べるものこそ乏しく、当主の妻として相応しくないと仰る方は今でも少なくはないけれど。自分たち使用人にとっては気さくで接しやすい、そしてかわいらしい方だ。
 くすくすと笑いながら、その後姿を見送って。ふと先ほどまで見上げていらしたものへと目をやる。
 それは奇しくもかつて瑞貴様が植え、根付いたその花。覆わんばかりに絡め取られた樹木は、今日も鮮やかな朱色の花をつけている。そしてそれは今もこの離れを行き来し眺める使用人の心を和ませる。――そう、それはいつでも一生懸命にかけている、奥様の姿と共に。
 奥様はご存知だろうか。どんな目で、瑞貴様がずっとこの花を育み見ていらしたのか。
 そして恐らく、今なお樹木に劣らぬほど絡め取られるそのお心を。



 凌霄花(ノウゼンカズラ)――『花』と書き『カズラ』と読む、同じ名を持つ彼の方を瑞貴様はずっと重ねて見ていたのだと。
 今は、屋敷に勤める全ての者が知っている。




*と言うわけで『凌霄花』の番外編その1(ぇ
もし実際に植えてたらバレバレだよねと思ってつらつらと。本家で働いてる人視点で。ちょっと年食ってて頭柔らかい瑞貴派の人だろうと(笑)
一応瑞花(こう略すと女の子の名前みたいだ;)だけど需要あるかと言われると果てしなく首を傾げそうな創作だなこれ……

2007/12/19 初出  【出雲奏司】

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