8.まぶたに   <プラチナガーデン  <TOP

 ふっと流れ込んだ風に、瑞貴は閉じていた目をゆっくり開けて。目覚めた場所が生徒会室であることに気づき一気に覚醒すると驚きに目を瞬いた。


8.まぶたに


 ここのところ、柔道部にひっぱり回され疲れが溜まっていたのもあるだろうが。学校ですら気が緩んでいることに、自分で驚く。
 天原の本家にいる時ほどではないにしても、優等生を演じるためにそれなりに猫の皮の2,3枚は被っている自覚はあったから。こんな醜態を晒したことなどはじめてだろう。最近……というよりある時期から、どうもそういうことが多くなっている。
 軽くショックを受けながら自分以外の気配にふと振り返ると、そこにはもう一人すわっていて。再度驚きに瑞貴は目を見開く。
 ――自分がらしくなくなってきている元凶。おそらくは一番の理由だと自覚してる、きらきらと光を受けて輝くひよこ色の髪の持ち主が隣ですぴすぴと平和そうに寝ていた。
(そういえば……)
 今日は一緒に帰るつもりで待ち合わせていたかと思い出す。自分を迎えに来て起きるのを待っている間に、そのまま寝てしまったのだろう。
(ミイラ取りがミイラ……か)
 それにしても随分と気持ちよさそうに寝ている。小さい頃と変わらないその寝顔に、瑞貴は思わず息を洩らして笑って。放っておけばずるずると下まで滑りそうな頭を、起き上がって自分の肩に持たせかけた。さらさらとそよ風に揺れる金の髪が、少し目にまぶしい。肩に感じる温もりと至近距離にある顔を眺めながら、まだ多少残る眠気と共に目を細める。

 ――幼い頃から、ずっと憧れと共に見つめていたものだ。

 花もじいさんも。自分にはないものを――欲しいものを持っている人たちだったから。
 恐れもなく手を伸ばし、思うままに感情を示して。どんな思いも受け止めて目を逸らさず前を見て立ち向かってみせる。そうしていつだって、自分の欲しかった『光』を当たり前のように分け与えてくれた人たち。
 そうして抱く思いが純粋な憧憬ばかりではなくなってきたのはいつからだろう。今となっては分からないが、あのころの自分にとっての全てとなるのにさほど時間はかからなかった。
 柔らかに光をはじきながらも、そのまま透けてしまいそうなひよこ色の髪に恐る恐る手を伸ばして。いじるように指に絡ませてみる。そしてそれが消えないことに安堵して、本当に夢ではないのだと確認してほっと息を吐く。
 ずっとそばにあるはずがないからと、失って傷つくのを恐れてまるで逃げうつように昔から何度も自分に言い聞かせていた。そうして実際に一度は彼女が記憶を失ったことで、自分から決めて手を離した。でもどうしても忘れられなくて、じいさんの遺言とはいえもう一度求めてしまった。
 そして……今ここにまた、そのお人よしなやさしさにつけ込むように、自分のわがままに付き合わせて、何も聞かないままそばにいてくれる。自分にしてみれば、夢でなければ奇跡としか言いようがない。でも。
(……気付いていないんだろうな)
 当たり前のように側にいて、手を差し伸べて笑いかけてくれるそれが、どれほど自分が望んだ奇跡だったのか。嬉しかったか。
 ――そして、どうしてただ一人『花』を選び自分が求めているのか。きっと、花は知りはしないだろう。
(それで、いいんだ)
 最初に聞かれたときに、『いつかちゃんと説明する』と言ったものの、言うつもりはない。知ればきっと苦しめる。そしてそれ以上に――軽蔑、されるだろう。今は隠されたその目がどんな色に染まるのか。一度決めた『望み』を翻すつもりはないけれど、その時を思うといまだに迷わずにはいられない。
 でも、これ以上を求めるのはあまりにも都合の良すぎる願いだから。こんな感情さえも、本当は持ってはいけなかったのだから。きっと……これ以上この想いを自覚してしまえば、もっと花を縛り付けて手放せなくなってしまうだろう。それだけは、できない。

 本当は、思い出だけを反芻して、ひとりで全てもっていくつもりだったのに。
 その上傍で見てるだけで十分だったのに、自分を取り巻く事情さえ次々と知られてしまっている。
 そのどれもがお人よしの彼女を困らせ罪悪感を与えて、苦しめるだけなのに。
 ……泣きそうな思いで瑞貴は微笑う。

 暗闇に放り込まれ訳の分からぬうちに母をも喪って、知らぬ間に自分の前には骸ばかりが積み上げられ。もう自分を穢れと呼ぶ冷たい声と、絶望の他はなにも望めないと思い知らされていた時に、無条件に与えられる温もりもあるのだと、思い出させて教えてくれた存在。本当は何にも代え難いほど大切で、手放すことなんて許されることならば考えたくもなかったけど。
 ……でも……
 半分ぼんやりとした頭で、今は閉ざされた瞳を確認して眠る花に手を伸ばしかけて。
(これ以上は望まない)
 思いながら、無造作に頬にかかるひよこ色の髪をかきあげて。そのまま梳くように触れる。
 昔から、ずっと好きだった。自分とは対照的な、陽の光を集めたような柔らかで綺麗な彼女自身のようなその髪の色も。
 そして――
 目を細め、自分自身にさえ聞こえない音で呟いて。その滑らかな頬を掠めて手を離す。

 ――それは絶対に、本当の意味で告げることも悟らせることも出来ない想いだ。

 大切であればこそ。これ以上その光をもたらす笑みを奪うことのないように。真っ直ぐな目に、翳りを与えることも、涙を流させることもないように――全てを、終わらせる。
 見なくていい。知らなくていい。願わくは、気付かれることもなく、その真っ直ぐな目が閉じられているときにだけ、姿を現す思いであれるように。せめてこれだけは……これ以上は。ひとりで全部、もっていくと決めているから。
 だからそれ以上は求めない。……求めるわけには、いかないから。
 そのやさしさに、最期まで縋りつくわけにはいかないから――
 幾度となく反芻したその誓いを胸中で繰り返して。


 花の見る前では決して見せることの無いだろう優しい笑みを浮かべて。瑞貴はまるで口付けるように、そっとゆっくりと優しく覆い隠すように、瞳を隠すまぶたをなでる。
 そして移った温もりだけを手の内に握りしめて。
 せめてもう一度、今度は現実では望めぬ幸せな夢でも見ようと目を閉じた。




*6巻Take.25の仲良しうたた寝。半分寝ぼけてるので微妙に本音がだだ漏れで、いつ人が来るかわかんないという状況忘れてますよ瑞貴さんとツッコミつつ。<でもあの居眠り体勢絶対状況忘れてるだろと(それとも婚約者特権フル活用?)<どっちにしろどんだけ気ぃ緩んでますか貴方と。
前半では数少ない瑞貴が微笑んでるシーンなんですよねーアレ。まあこれくらいならありえるだろうと。キスちゃうやろと言う尤もなご意見は無視で(ぉ<だって瑞貴の手つき妙にエロいイメージあるから。肌が直接触れてるし、言葉以上に思いを伝える行為ってことで<随分広い括りだな<(でもキスよかよっぽどこっぱずかしい気がするのはなんでだろう)
 まぁ、この時点の瑞貴にゃ、寝ぼけててもこれくらいが精一杯ですよねぇと。

2007/12/18 初出  【出雲奏司】

もしよければぽちっと励ましいただけるとよろこびますv≫別名:更新脅迫観念促進ボタン(笑)

8.まぶたに   <プラチナガーデン  <TOP

inserted by FC2 system