つなぎたいもの --hand to hand
「トリス」
そう呼んでくれる声が嬉しくて
もっとそばにいて触れて欲しい、触れていたい
ぬくもりの感じていられる距離にいたいと切に願ってしまう
2年間
あたしにとって長かったその時間を、
感じないくらいにそばにいて欲しいって、わがままかな?
「あ、ここのお店ネス知らないでしょ? 半年くらい前に建った雑貨屋さんなんだけど、かわいい小物がいっぱいあってね。ほら、今スープ飲む時に使ってるポワソの絵が付いた……」
「……トリス」
「ん、なぁに? ネス」
呼ばれて振り返ると、黒曜石の瞳が不思議そうに――って言うよりは困ったように? こっちを見ていた。
樹から目を覚ましてからのネスと一緒に買い物にくるのは初めてで、夢中になって新しくできたお店を見つけては説明したりしていたのだけれど。なんだろうと思って首を傾げる。
「どうしてそう手を握りたがるんだ?」
「へ?」
今ネスの両手はそれぞれ荷物を抱えていて、さっき抱えなおした紙袋にまわした右手には、ごくごく自然な様子であたしの左手が重ねられている。でもそれはあくまで傍から見た様子であって、実際にそうしている方にすれば自然な動きとは言いがたいもの。つまり、それは意図されたものであると言うわけで……
そう指摘されて、さっきまで絶好調で動かしていた口元をぴくりと震わせてしまう。
「……だめ?」
重ねていた手がちょっとためらうような触れ方に変わったことに気付かれたのかもしれない。
訝しげなものに変わったネスの表情にイタズラが見つかった子供のように、少しだけ困ったように笑って見せた……けど。
動揺してしまって、瞳がほとんど反射的に不安に揺れてしまったのをネスは見逃してくれなかった。
最近よく見せる、困ったような呆れたような……それでいて少し辛そうな不思議な表情でネスは小さく溜息をつく。
「……僕はここにいるんだ」
「うん。わかってる」
それは手を握っている今、痛いくらい実感していることで。
「もう勝手にどこにもいかない」
「うん……」
ネスの目はとても真剣で、本気で言ってくれているのもわかってる。それでもいつものあたしらしくない勢いのない返事を返してしまって、物問いたげな視線が返ってくる。
えへへと笑ってごまかそうと考えてみたけれど、目の前にいるカタブツメガネは眉間にしわを寄せてじっと目を合わせてきている。だてに長年妹弟子をやってるわけじゃないから、それが中途半端な誤魔化しなんかで納得して許してくれる状態でないことはわかりきったこと。 とっさに嘘を取り繕う器用さのない自分を呪って……
……とうとう観念して、ぽつりぽつりと口を開いた。
「……手がね、届かなかったの。2年前、ネスがいっちゃったときに腕のばそうとしても届かなくて」
あのとき最後に見えたネスの姿は、自分の手のひら越しの後姿。
「ずっと……そのときのことが頭から消えなくてね、何度も何度も夢で見たの。あの手のひらさえ掴めれば一緒にいられるんだって」
不安なときに頭を撫でてくれて、前に進む勇気が出ないときには肩を叩いてくれた手。
ずっと、そばにあると思っていたのに、そこにあるのが当たり前だと思っていたのに、あっけなく消えてしまったその手さえ捕まえれば、きっとそばにいられるのだと。
えへへ、と笑って見せる。きっとあまり上手ではないのだろうけれど。見上げた黒耀の瞳に映る姿はとてもとても小さい。
「今はこんなに近くにいるのにね。それでも」
不安や怖いなんて感情を口にするのはなんだかいけないことな気がして、そこで言葉を止める。
信じていないわけじゃない。それでも拭いきれない思いがあるのは本当。
どこにも絶対なものなんてないことは、今までの経験から思い知っているから。
そしてだからこそ今この時間があること――奇跡だって起こせたのだから……
いろんな思いに区切りを付けるようにふるふると首を振って、ぎゅっと重ねた手を握る。そうすればきっと伝わると思ったから。あたしたちを繋いでくれるぬくもりは、昔も今もこの手だから。
うん。と1つ頷いて。今度はきちんと笑って黒耀の瞳を見上げる。
「『今この時間』がとても大切。だから、許してね?」
「まったく……本当に君は甘えん坊だな」
呆れたような瞳の色は、ずっと昔から変わっていないけど。
「むぅ。いいもん、どーせあたしは小さいときから変わってませんよーっだ!」
「まあ自覚があるだけ成長かな」
「……むぅ」
今はその深い漆黒の奥にある暖かさを感じられるから。知っているから。
それに、口では何と言ってもちゃんと手を振り払わずにいてくれるしね。
ただ今はまだ許していて? ただこの幸せを、1秒でも長く感じていたいから。
この捕まえることの出来た手を取り合って、二人で歩いていく時間はまだまだこれから。
-END-
2001.11.04 [ 出雲 奏司 ]BACK TOP
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