想い創るもの  <Summon Night2 <TOP



 雪のような白い粉をふるいにかけて、こしたおいもを混ぜましょう。
 もちろん卵と牛乳も忘れずに。しっかり粉を混ぜましょう。

 さあ、ケーキを作りましょう?





 想い創るもの --Let's Cooking!






「アメル、混ぜ具合これぐらいでどう?」
「あ、まってくださいね。今行きますから」
 床に座り込んで泡立て器を右手に振り返ったマグナに、洗い物をしていたアメルが振りかえる。ぱっぱと軽く水気を払ってから布巾で手を拭いてマグナの傍らに屈み込むと、アメルは自分のほうに差し出された泡立て器から少しだけ生地をすくって味見をした。
「んー……ちょっとお砂糖が足りないかも……これでもう少し混ぜておいてくれますか?」
 近くにおいていた砂糖をボウルの中へとさらさらと加える。
「ん、わかった」
 頷いて茄子紺の瞳がボウルを映してカシャカシャと混ぜる泡立て器の音を聞きながら、彼女は亜麻色の髪を軽やかに翻した。


 アメルとネスティの2人が大樹から目が覚めてから暫らく経つ。2人が目が覚めた数日は丁度集まったかつての仲間たちの間で文字通り飲めや歌えの大騒ぎが起きていたが、仲間たちのそれぞれにも成すべきことは多く、予定もある。それぞれ名残を惜しみながらも大樹の守人のために建てられた小屋へ別れを告げ、行くべき場所へと旅立っていった。
 残ったのは目覚めた二人と守人である双子の兄妹であるマグナとトリス、そしてその護衛獣2人の合わせて6人。
 目覚めたばかりの2人の体調を心配した双子の意見で、調子が戻るまでここで生活を続けている。
 以前には考えられないほどにその生活はとても穏やかで。今もマグナとアメルはおやつの準備を、トリスとネスティは街へ必要なものの買い出しに行っている。
 因みに護衛獣であるハサハとバルレルはそろって夢の世界へお出かけ中である。


 ふう、と一通り洗い物を片付け終わって、アメルは再びマグナを振りかえった。
「マグナ、そろそろいいんじゃないですか?」
「え、ああ! ごめん、ぼーっとしてた!」
 ひたすら泡立て器を回しつづけていたマグナはそう言って頭を掻いた。
「なにか考え事でも?」
「いや、こんな風にまた料理を作っているのがちょっとなつかしくてさ」
 穏やかに笑うマグナに、「そういえば」とアメルも先ほどおいもさんの皮むきをして貰っていたときのことを思い出す。
「ちょっと意外です。マグナがおいもさんの皮むき上手だったなんて」
 その情景を思い浮かべているのか少しだけ目線を上げて、アメルがちょこんと首を傾げる。その仕草に笑みをこぼして、それからエヘンと得意げにマグナは軽く胸をはって見せた。
「そーだろ? 師範が家留守にすること結構あったからさ、家でネスかトリスか俺が料理を作ることも多かったんだ」
「え、そうだったんですか?」
 親しい人たちの昔話に興味深深で見つめる綺麗な亜麻色を見返しながら、彼はそこで一度言葉を切った。そして、少しばかり苦笑へと表情を転じて話を続ける。
「でもさ、トリスはあの通り不器用でなにしでかすかわからないから台所に立たせられないだろ? ネスは器用だけど、悪食って言うか……平たく言ってしまえば味音痴だからあんまり任せる気になれなかったんだよなー」
「それでマグナが食事の準備を?」
「そーいうこと」
「大変だったんですね」
 言葉は真剣そうだったが情景を思い浮かべたのだろう、くすくすと笑みを洩らしてアメルは相槌を打った。
「いや、そう悪いことでもなかったんだなこれが」
「え?」
 なにかいたずらっ子のように瞳を輝かせたマグナに、アメルは驚いたようにきょとんと目を瞬く。
「料理を作る日の午後の授業をサボっても、『夕ご飯の準備をしてた』って言えばそれなりに言い訳になるだろ? なにしろ俺しかまともに料理できないわけなんだし、ネスも普通にサボるよりはあまり怒らずにいてくれたんだ」
「まあ」
「だっていつもなら2時間くらい延々と聞かされる説教を30分くらいで終わらせてくれるんだぜ? これを逃す手はないっていったら料理は上手くなりたいって思って当然……」
「えーーーー!? マグナずるーい!! それであたしがお料理手伝いたいって言ってもをなかなか台所入れようとしなかったのね!?」
「ほう。初耳だな? 君がそんなことを考えているとは思わなかったよ」
 後ろから聞こえてきたブーイングと、限りなく底冷えするような冷気を纏った声にマグナの背がぎくりと震えた。
「あ、お帰りなさい二人とも」
「たっだいま〜! アメル」
「ああ、ただいま」
 にこにことした笑みを彼の上方かつ後方へ向ける彼女の言葉に冷汗がつつっと一滴流れ落ちた。怖くて後ろが振り返ることが出来ない。
「はーい、じゃあこれ頼まれてた買い物ね」
「ありがとうございます」
座り込んでいる頭上で交わされる物の受け渡しにびくびくしたまま動けず、ただひたすらだらだらと滝のような冷汗を流す。
「頼まれたものは一通り買ってきているが、また足りないものがあったらトリスに言ってくれ」
 ネスティの穏やかな声が一端区切れ、話す調子は同じものの不意に禍禍しさ(注:マグナ視点)を帯びてマグナに向いた。
「どうやらこれから僕はマグナとたっぷり会話しなくてはならないようだからな?」
 にっこりと笑ったまま放たれたその言葉に、ずざざざざっ! と抱えていたボウルを投げ出さんばかりの勢いでマグナが後ずさる。
「い、いや、俺ネスとはなすことなんかないし! うん!」
「まあそういうな。君にはなくても少なくとも僕にはあるんだ。そういえばここに戻ってからまだ君とはゆっくり話してなかったし丁度いいだろう」
 完全に壁際まで追い詰められて、ほとんど泣き顔のマグナの腕からボールと泡立て器を取り上げると、ネスティはそのままの笑顔でアメルを振りかえった。
「アメル、ここから先の作業はもう君一人でも大丈夫かな?」
「え? あ、はい、大丈夫ですけど……」
 助けを懇願する必死の形相で見つめてくるマグナに心の中で手を合わせながら、アメルは曖昧な笑顔を貼りつけて答える。一層笑みを深くしたネスティに薄ら寒いものを感じたのは、なにもマグナだけではなかろう。
 周囲の反応をよそに、ネスティはそのままぐいっとその細腕のどこにあるのかと疑うくらいの力でマグナの襟首を捕まえて持ち上げて見せた。
「それじゃあ悪いがこの粗忽者を暫らく貸してもらうから」
「ア、アメル〜〜トリスでもいいから助け……」
「逃げたらレヴァティーンだからね♪ マグナ」
 やはり笑顔で紫色のサモナイト石をちらつかせるトリス。どうやら料理をさせてもらえなかったことを根に持っているらしい。
「あ、えっと……その……お手柔らかにお願いしますね?」
 ごくごく控えめにではあるが助け舟を出すアメル。だが、こちらももはやネスティを止められるとは思っていないらしい。
「ああ」
 にっこりと返されたその返事が真実となることはないだろうと思ったが、アメルにもどうすることもできずただ見送るばかり。
やがてマグナの「あ〜〜」とか「う〜〜」といううめき声も消えてぱたんと調理場のドアが閉められる。
「あーらら、ありゃ説教6時間コースだね。マグナ生きてるといいんだけど……」
「そんな大げさな……」
 そう答えてみたものの、先ほどの様子からしてとても冗談には聞こえない。やや強ばり気味の彼女の表情は案外言葉よりも素直なのかもしれなかった。
 かちゃ……、とついさっきうめき声の消えたドアが静かに開かれた。タイミングを計ったように現れたのは、ハサハとバルレル。
「お、帰ってたのかよニンゲン」
「おねえちゃん、おかえりなさい……」
「ただいま〜。お目覚め? 2人とも」
 早速見つけた主人の姿にそれぞれが反応を返すのをトリスは近づいて一方はぐりぐりと、一方はよしよしと頭を撫でる。
「おねえちゃん……おにいちゃんたちは……?」
「えーとね……」
バンっ!
 とてとてと近づいてきたハサハにどう答えようかとアメルが口を開いた瞬間、小屋の壁を思いっきり叩く音がして、続いて本が落ちるようなどサドサという音とマグナの涙混じりの絶叫が聞こえてくる。
「……!……」
「おーおー派手にやってるなぁ」
 突然の物音に驚いたのだろう、ハサハはきゅっとそばにいたアメルの裾に隠れるように袖を強く握り、反対にバルレルはひゅう、と口笛を吹く。理由は分からないまでもどういう状況にあるのかは察せたらしい。
 あまりの剣幕にトリスは顔の筋肉を引き攣らせる。
「ネス、ゼルゼノン出したりしないよね……?」
「さすがにそれは……」
 どうも、先ほどから自分の言葉に自信が持てない。
 困ったような表情のアメルと対照的にバルレルは楽しそうにキシシシと笑う。
「うまそうな感情だぜ! いっちょ覗き喰らいにいってくるか」
「あ、家壊しそうだったら止めてよー……って聞かないか、あの子は」
 嬉々として物音がした方へと向かうバルレルにトリスが声をかけるが、聞く耳はあるのかどうか返事はない。やれやれ困ったもんだわ、と首を振るトリスに曖昧に笑い返して、アメルはネスティから渡されたままだったボウルを床に置いた。その行動につられてか、ようやくハサハもちょんと裾を離し、隣に屈み込む。
「おねえちゃん……おいものおかし……?」
「ええ。後でみんなで食べましょうね」
 なにかを考えるようにじっとボウルを覗きこむハサハに答えながら、夕食用にと皮をむいて水につけておいたじゃがいもをひきあげる。不意にわあ! っとトリスは歓声を挙げた。
「綺麗に皮がむいてあるね〜。さっすがアメル!」
あたしが前にやっちゃったらいもが皮むけるどころか血だらけになっちゃってさー、と恥ずかしそうに頭を掻いてトリスが苦笑する。きっと彼女の兄弟子も加わってそれはそれは大騒ぎをしたのだろう。その情景が簡単に想像できてアメルは吹き出した。
 なんとか笑いを堪えながら「でも」とアメルは答えた。
「このおいもさんの皮むきをしたのはマグナなんですよ?」
「え? うそっ! あいついつのまにこんなに上手くなったのよ、前より数段もうまいじゃない!」
 心底びっくりしたらしく、まじまじと深い紫水晶の瞳でアメルの手の中のジャガイモを見つめる。
「ええ、あたしもびっくりしちゃって……」
 旅の間に何回か料理を手伝ってもらったことはあったのだが、こんなに上手だったという印象はなかったから。もしかしたらそう思えるだけのゆとりがあのころはなかったのかもしれないけれど。
 今更ながらそんなことを考えて亜麻色の瞳に複雑な色をおとしていると不意にくい、くい、と袖がひかれた。「どうしたの?」とハサハを振りかえると、じっとボウルを見つめていた薄墨色の瞳とぴたりと合って。
「おにいちゃんね、おねえちゃんがいないとき、よく、ハサハにおいものおかし作ってくれたの。おねえちゃんがかえってきたときおいものかわむきがきれいにできるようにれんしゅうするんだって……」
 純粋そのものでいわれたその言葉を理解して。
「え……」
 どうしてかうっすらと熱を帯びていく頬と、大きく見開かれていく亜麻色の瞳。
「マグナらしいなあ……ちゃんと想ってたんだよね。お互い」
 さすが双子ってカンジ? そう言って笑うトリス自身も、ネスティがいない間苦手としていた機界の召喚術についてずっと勉強していたのだ。そのことを知ったネスティが見せた、嬉しいそうでいてどこかむず痒そうな穏やかな表情と、きっと今自分の表情は同じなのだろう。
 幸せに零れそうになる涙に、アメルは目を細めて微笑った。
 とても温かいのだと思う、ここは。空気も、想いもみんな。
 怖いくらいに、今ここには温かくて幸せで穏やかな時間が流れているのだ。
「じゃあ、三人が出てくるまでにおやつの用意しておきましょう?」
 自然と零れ出る笑顔が、とても嬉しくて。暖かい想いで満たされた胸がわけもなく膨らむ。
 皮むきの練習をしていたことを聞いたのだとマグナに話したら、どんな顔をするのだろう。照れたようにあの大好きな笑顔を見せてくれるだろうか。
 近く訪れる未来を想像して、アメルは二人に気付かれないようにそっと口元をほころばせた。





 混ぜた生地を型に流しましょう。
 それからゆっくり暖めて焼き上げましょう。
 さあ、できたケーキはどんな味?
 




-END-

2001.09.06 [ 出雲 奏司 ]

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