Coin of Flag  <Others <TOP


 あの日、城の夜空には二つの月が並んでいた。



  Coin of Flag -- double Moon stay here.


 
 音もなく行動をするのは、もはや当然として身に付いた癖のようなものだ。深夜と呼べる時間に、見張りをごまかして足を踏み入れたその場所で、マッシュは一度立ち止まる。
 10年振りとはいえ、文字通り勝手知ったる自分の家だ。しかし外見こそかつてと変わらぬ佇まいでありながら、決して同じでばかりでなかったのも既に確認済みで。
 だが、ぐるりと城を巡って最後に踏み入れたその場所は、深夜の暗さのためかほかのどの場所よりも既視感が強い。眩暈にも似たその感覚に、マッシュはゆっくりと歩を進めた。
 ――そう、今は寝静まり座る者のいない、玉座へと。
 昼の喧騒の中、本来の――かつて父がそうしていたように玉座について献上を聞き指示を出すのではなく、玉座を空にして歩き回り指示を飛ばす姿に違和感を感じないほど、確かにここは兄貴の玉座だろうと思った。いや、兄貴の時代の王の間、というべきか。そんなものが当たり前に見えるのも、状況が状況だからというのもあるが、兄貴の持つ気質の影響の方が多いだろう。
 だが、しんと静まり返り、只の薄暗い部屋と化したその場は、見るものの心を移しその時代を変える。映したのは、今一番新しい記憶よりも前――城を出奔する直前の時間へと記憶が遡る。
 そう思って、笑いが漏れる。
「……変わらないな……この城も……」
 薄暗闇の中に浮かぶ玉座は、あの日振り払うように見て立ち去った情景そのままにある。変わらないその座卓に腰掛け、肘置きに置かれた手をみて薄く笑う。飛び出した時は余りに細く頼りなかったはずの腕は常人以上の筋肉がつき、今では同じ太さの材木を素手で折ることさえ不可能ではない。それでも、記憶の中の父の手と比べてまだまだ小さく感じる荒れた手。この手は大きな物を持てるようになったはずであったのに。
 旅立つその時も、記憶の中にある父の手と自分のそれとの違いに愕然としていたことが思い出されて苦笑する。
 何一つ変わっていやしない。
「いや……違う」
 口に出たのは、否定の言葉。その声すらも、今となっては昔とは違うものなのだ。
 そして、何よりも――
「……もうここには親父もおふくろもいない……もう誰も……あの日から……」

(……今晩が……  とうげ ……じゃの……もし…… ……で)
もれ聞こえた、侍医や高官たちの会話。
(ウ……ソだ…… ……そんな …… ……い ……や)
否定して耳をふさぐことしか知らなかった自分。
(神官長様…… …… …… 王様…… ……が)
(………… マッシュ…… …………マッシュ……!!)

逃避する以外の術を知らない自分を、追いかける声。
(……父上は きっと……)
――そうだ、このときから兄貴はもう――

 潮騒のように、昔出奔するその直前にこの場所で聞いた言葉が、耳の奥で鳴る。かつては、苦渋とやりきれなさとともに、己の力無さばかりを思っていた。あの頃。
 押し寄せる思いに任せて、マッシュは静かにまぶたを下ろした。


***


 フィガロ王国国王崩御――
 そう、最初にそれを――父の死を耳にした瞬間、浮かんだのは激しい衝撃と苛立ちだった。
 心の準備ができていなかったわけではなかった。そう、出来ていたことに――父上が死んだことを前提に進められる話を、否応なく考えなければいけない状況こそが、何にもかえ難く苛立ちを煽った。……あるいは、それが国のために必要なことだとしても、納得できずにいた自らの幼ささえも。
 そうして、国王崩御の報に悲しみにくれるでもなく、人々はただ厳しい表情で右往左往するさまばかりが目に付いた。分からないなりに、脆いものだと思い知った。王を失った、王国が。そして、父を失った、自分自身をも。
 貴色とされ、場内のいたるところにある赤を厭って、渡り廊下へと出る。いつも目にしているはずの絨毯の色がやけに鮮やかで血のようだと……これ以上見るのが辛かった。
 噛み締めた口内だけで、十分だ。
 背後から来る気配は、気付いていた。血を分けた、方翼。似ていない双子の兄だと。
「兄貴ィ……っ」
 随分と情けない声だと自覚していた。きっと声だけではなかっただろうが。
 それ以上の言葉など必要なかった。あまりにもわかりきった事実を悟って、兄貴の顔も歪む。
「そうか。逝ってしまったか……」
 父上……、と俯けられた顔から微かに零れた言葉が震えている。傍らまで歩いてきて俯いている。表情は、きっと自分のそれと変わらない。
「エドガー様、こちらにいらしてたんですか?」
背後から、無神経とも思えるような神官長の声。つかつかと近づく足音にびくりと反応する兄貴と、変わらない俺。
「たった今、父上様が……フィガロをお二人に任せると言う最期の言葉を残して……」
「馬鹿やろう!」
 どこか淡々とした無機質に織り込まれた沈痛な声に、自分の中で何かが爆発してかっと頭に血が上る。でも、振り返ることはできなかった。情けない表情だと言う、自覚はあったから。
「みんな……帝国が親父に毒をもったんだとうわさしてる。かと思えば王位の話ばかり……」
 考えたくなかった様々なことが浮かんでは消える。今まで何度も、そうではなかっただろうかとどこか怯えて、恐れていた考えさえ、今では信じてしまいそうだった。
 ……こんなにも、あっけなく崩れるものなのだと、思い知りながら。踏みしめている大地が沈んでいくように感じられて、のしかかる重みに支えきれず膝が地に着く。
「誰も心の底から悲しんでるヤツはいない……俺達が生まれて母さんが死んだときもきっと……」
「そんな事は……」
「ばあやだってそうさ!」
 力の無い返答が、辛かった。乱暴に神官長につかみかかる。
「マッシュ……」
 止める兄貴の声も弱弱しい。多分、心のどこかで同じだったのだろう。
「帝国の奴ら……許さない……!」
 もう、誰に怒りをぶつけているのかすら、そのときの俺にはわからなかった。言ってしまえば全てに、だったのだろう。泣きつくように、八つ当たりをしていた。神官長には、その役職を全うしなければならないという責務がある。そう、感情よりも、先に。だが、そのときの俺には分っていなかった。いや、解りたくなかった。
 だから、同意をくれるとそうと信じて、強い怒りをもって兄貴を見た。その瞳を、兄貴はどうともいえない瞳で見返して。やがて、伏せた。まるで裏切られた気分がして、こみ上げてきた怒りに任せて首を振る。これ以上、欺瞞に満ちた王宮にいる気にはなれなかった。外気に触れたかった。床に叩き付けるように足を踏み込ませて、毛足の長い絨毯の上を駆ける。
 部屋を出る一瞬だけ、呼び止め追いかけようとしたばあやと、それを遮る兄貴の姿が見えた。
「ばあやは下がっててくれ」
 それは誰を思い遣っていった言葉だったのだろう。妙に静かで有無を言わせない兄貴の声が、耳の奥で響いた。


***


 夜の砂漠は、冷える。
 真昼の暑さが嘘のようなこの温度差は、砂漠独特のものらしい。よほど旅慣れた者でなければ、砂漠を無傷で野宿し越えることは出来ない――幼いころから、それは城に出入りする商人や旅人から聞いたことだった。だが逆に、砂漠を己の足で歩くのであれば、それは夜をおいて他にない、とも。昼の炎天下で、チョコボや歩行機械魔道アーマーなしに進むのは、ただの自殺行為だ。テントを張り、強烈な日差しをよけて、体力を温存し、日が沈んでから歩く。また、ほとんどの場合砂漠には目印となるものが存在しない。夜は星座の位置から方向を割り出すことができる。それが定石だと。
 冗談半分で城を抜け出そうと画策していた頃の知識が、こんな形で呼び起こされるとは思わなかったが。
 背後で、ゆっくりと階段を上ってくる音が聞こえた。誰かなんて、振り向かなくても分かる。だから、上りきったと分かったところで、叫んだ。
「国を出よう! こんな争いごとばかりの国を出て自由に生きるんだ! 兄貴も王位なんて嫌だって言ってるじゃないか」
 ただその考えだけに夢中だった。もしかしたら、懇願だったかもしれない。
「自由に…………」
 兄貴は口の中だけで、呟いた様だった。長い沈黙をつれて俯けられた表情は見えない。
「……でも……一度に二人の世継ぎを失ったらこの国は……? 父上は国を頼む、と……」
迷っているのが分かった。そして、俺は絶句した。
 そうだ、俺たちは王子だ。父上が、体を張って守ったこの国を――俺たちが生まれ育ったこの国を、捨てて。そんなことなど許されるはずがない。
 考えていなかった。でも、俺たちにだって自由に生きる権利があったっておかしくないはずだ。その考えで頭がいっぱいで、気が回らなかった。
 言葉を失い一瞬迷いが落ちたのを察したように、兄貴の体が横に回ってちょうど向かい合う形になった。俺の目を捉えて、双子の兄貴は同じような眼で俺を見返していた。そうして、何かを決めたように、ゆっくりと一枚の金貨を手のひらに載せて、惑う視線の丁度中央に置いて口を開いた。
「マッシュ。父上のくれたコインで決めよう。表が出たらお前の勝ち。裏が出たら俺の勝ち。好きな道を選ぶ」
 そこまで言って、
「恨みっこなしだぜ。いいだろ?」
 いつもの勝気な瞳で。俺には、答えることができなかった。俯いた俺の目の前で、兄貴はまるで、好きなおもちゃをどちらが先に使うか決めるときのようにそのコインを軽く放った。
「いくぜ……、そーら!」
空高く、何の揺らぎもなく放られる。
 まるで星のように、月のように。そのコインは中空に浮かんでいた。

 ……俺たちの進むべき方向を、確かに示して。



「そして……お前は自由を選んだ」
 カツン、と。わざと高く鳴らされた靴音と言葉にゆっくりと目を開けた。
 近づいているその気配には、少し前から気付いていた。きっかけの心と経緯は褒められたものではなくとも、積んできた修行は伊達ではない。
 想像通りに、そこには現フィガロ国王である兄貴が立っていた。ただし、片手にワインボトル、もう片方にはグラスを2個といういでたちで。
 双子というにはあまり俺とは似てない顔がにっと笑って、踊り場からこちらを見上げている。
「10年か……あのチビがこんなにデッカくなっちまいやがって」
「兄貴こそ国王様が板についてるぜ」
 それを玉座から見下ろして、同じように軽口を返す。二人してかすかに笑って、玉座に二人並んで座る。恐らくは、この形を、10年前父上は望んでいたのだろう。
 感慨深くその景色を見る。きっと、わずらわしくとも、悪くは無かったのだろうそれ。
 だが、実際はそうはならなかった。俺は自由を選び、兄貴は踏みとどまり、「一人」で王となった。
 それが正しい選択だったのかは分からない。だが、親父が築き上げた国は今損なわれることなくここにある。それがきっと何よりの答えだ。
「マッシュよ……俺は……親父が恥じないような王か?」
 だから前を見たまま、兄貴が真剣な表情で呟いた答えに胸中で笑った。らしくないが、恐らくはそれは兄貴が常に自分自身に問いかけていたことだろう。そして、誰より、兄貴の……現フィガロ国王の弟として認められる場所に戻ってきた自分に。一度は、父王を失ったその玉座を嫌った俺に。
 だから俺は、兄貴の方に首を回し、まっすぐに言い放つ。
「きっと親父はあの世で鼻高々さ」
 それは、俺だからこそ意味のある言葉だ。その自信が、ある。
 そこで、ようやく互いの目が合った。ようやく肩の荷が下りたと、そう、俺とよく似た瞳が語っていた。
「10年か……。長かったな」
「……長かったな」
おそらくは、同じだけの感慨をこめて、繰り返す。
 待たせてしまった。多分、互いにそう思っているから。
 誰にともなく、互いに黙祷を捧げる。本来の形を、先延ばしにしてしまったことか。回想をするためにか。互いに払った犠牲は、口にしないだけできっと腐るほどあるのだから。
 やがて、兄貴は抱えていたワイングラスを一つこちらへ差し出した。有無を言わせない、コインを投げたときと同じ。決めるのは、いつも兄貴だ。
「二人とも大人になっちまったとこで一杯やるか。飲めよ」
 兄貴が笑う。互いのグラスに映る姿は、面影を残してはいても著しく異なる形を映している。
 それを素直に受け取って、お互いに注ぎあう。
 誰に憚ることなく、互いにグラスを掲げられるほどの年月。注ぎ終わったグラスの中を透かし見るように掲げて口の中だけで呟いて、深く息を吐いた。
 そして兄貴は玉座を離れ、下った場で、ワイングラスを掲げる。
「乾杯だ……親父に」
 その隣まで歩き、同じように杯を掲げる。
「……おふくろに。そして……フィガロに」
 ただし、言葉は変えて。目を合わせて、言葉無くグラスを空けた。



 歩む方向は、違えてしまったのかもしれない。だが、その心はその隣に……共に在り続ける。
 十年もかかって、それがようやく確かめられた変わらぬ思いだった。


 






-END-



*すみません。5年近くかかって出したものがこれだなんて(死んでこい自分)
 もう覚えてすらいらっしゃらないこと請け合いですが、キリリクの「FF6の運命のコインの回想イベント(原作まま)」でした。
 い、いえ、本っ当に申し訳ありません;まず会話の収集から苦労して、でも実際のイベント見なきゃやっぱり色々とあれだとばたばたしているうちに忘れたり他の物にはまったりでずるずると今までかかってしまったという……(本当に逝ね)
 今更と言うには本当に今更過ぎてあれですが、渡辺真さまに。もうそのほか色々仮というかありすぎなのですが、思いのたけだけ捧げさせて頂きますっ!
 ありがとうございますと無限大の申し訳ありませんでしたを……

2007/4/1 [ 出雲 奏司 ]
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